「もっと話したかった。謝りたかった。一方的に忘れたわたしを、結菜はどう思っただろう……」

「────お互いさまだって思ってるよ、たぶん」

 そう言うと、泣きそうだった表情から一転、彼女は眉を寄せる。

「え? そんな、あんたじゃないんだから……」

「まあね」

 自然と笑ってしまった。
 半年前、僕が彼女で彼女が僕だった頃のことを思い出す。

『分かってるの? お互いさまだよ』

『望むところ』

 お互いを人質に牽制(けんせい)し合う中、常にその認識がついて回っていた。
 利にリスクが伴う点では、対等じゃなくても平等だった。

「でもさ、そうじゃない? きみは忘れたけど、結菜はこの世界ごと捨てたんだから」

 僕のことも彼女のことも、自分のことも捨てたんだ。結菜の選択はそういうものだった。
 ごめんなさい、と泣きながら(つづ)って、それでも意思は覆らずに。
 だから、お互いさまだ。

 さぁ、と涼やかな風が吹き抜ける。
 彼女はまたひと粒、涙をこぼした。僕はたまらず口を開く。

「……だから、きみだけが負い目を感じる必要なんてないんだよ」



     ◆



 そのあと、バスを乗り継いでふたりで菅原の家を訪ねた。
 彼女はそこで、長いこと仏壇に向かって手を合わせていた。

 きっと、この家へ来ることすら怖かったはずだ。
 特に階段の下やキッチンの前を通るとき、強張った表情で身を縮めていた。
 仏壇に飾られた写真の中で、彼の姉が笑顔を浮かべているのを見ても、彼女は逆に泣きそうな顔になった。



 線香からたなびく細い煙が(くう)に溶けていく。
 たおやかな香りの広がる仏間(ぶつま)から居間の方へ移ると、座卓(ざたく)を囲んで座布団に座った。

「……どんなに謝ったところで、足りないよね」

 彼女の声が重たげに落ちる。
 コップにお茶を注ぎながら、菅原は「そんなことないですよ」と答えた。

「姉さんが階段から落ちたのも薬を詰まらせたのも事故ですから。誰も責めるべきじゃない」

 神妙(しんみょう)な面持ちで俯いた彼は、おもむろにポケットから何かを取り出す。
 生徒手帳だった。天板の上に置き、彼女に差し出す。

「……それなのに、すみません。すみませんでした」

 菅原は床に手をつき、深く頭を下げた。
 慌てた様子で彼女が「新汰くん」と呼んで身を起こさせようとするが、彼はそのまま言を続ける。

「俺はあの日からずっと、茅野先輩への復讐のためだけに生きてました。姉さんのために、結菜のために……それが使命だと信じて」

 おずおずと頭をもたげたものの、視線を落としたまま唇を噛みしめる。

「でも、実際にはそんなの自分本位な思い込みだった。姉さんの意思も結菜の気持ちも、これまで考えてこなかったし、想像もしてこなかった」