◇



「!」

 はっと目を開けると、見覚えのある天井が広がっていた。
 このシチュエーションは、いや、このシチュエーションもデジャヴだ。

 全身の痛みも忘れて、布団を跳ね除ける勢いで起き上がると、自分の手元を見下ろした。

「うそ、でしょ……!?」

 若槻よりわずかに小さい気がするけれど、この手は確かに男の子のそれだった。
 格好もそうだし、低めの声も突起した喉元も短い髪も、どれもこれもわたしのものじゃない。

 ずき、と頭に痛みが走って、ここへ運ばれてくる直前の出来事が蘇ってくる。

 歩道橋で待ち構えていた新汰くんに殺されかけて、揉み合いになって、彼ともども階段から転落した。
 きっと、今度は新汰くんと入れ替わってしまったんだ。

(どうしよう)

 とりあえず、彼に会わなきゃ。
 以前と同じならきっと隣の病室にいるはずだ。

 慌ててベッドから下りたとき、とさ、と何かが床に落ちた。
 てのひらにおさまるくらいの小さな紺色の手帳。裏返すと、表紙の部分に“茅野円花”と記されている。

「これ……って」

 中学2年当時の、わたしの生徒手帳だ。
 “あの日”になくしたもので間違いない。

 きっと、ポケットに入っていたのが寝転んでいる間に出てきてしまったんだろう。
 だけど、どうしてこれを新汰くんが持っているの?

(まさか────)

 さほど考えるまでもなく、答えは自ずと導き出される。

 彼だったのだ。“あの日”に約束をしていた、わたしが顔も名前も忘れてしまった結菜の友だちは。
 彼は、亡くなったあのお姉さんの弟だったんだ。

 心臓がばくばくと騒いだ。
 “あの日”の記憶がノイズ混じりにフラッシュバックしてくる。()せていても、赤色だけは鮮明だ。

「……っ」

 ぎゅう、と生徒手帳を握りしめ、病室を飛び出していく。
 隣の扉を開けた瞬間、若槻の叫び声が聞こえた。

「やめろ!」

 “わたし”が逆手に持った包丁を振り上げている。
 すべての音が遠のいて、目の前の光景がスローモーションのように感じられる。

 次の瞬間、光を弾く鈍色(にびいろ)の刃が、“わたし”の心臓目がけて振り下ろされた────。