「……ごめん、茅野」
若槻の声は震えていた。
手で目元を覆い、泣き笑いのような状態で深く息をつく。
「よかった。さっき、止めてもらえて」
雪解けは思いのほか静穏に訪れた。わたしは唇を噛む。
誤解は解けたけれど、罪が消えるわけじゃない。
若槻は内心で妹の選択をどう受け止めるべきか決めかねているだろうし、わたしも正しく償わなければならないと思っている。
この場で懺悔しただけで大団円だなんて、そんな虫のいい話があるはずないのだから。
「────おまえたちは、人殺しなんかじゃない」
一拍置いて、兄が静かに言った。
真剣な面持ちでわたしと若槻を見やる。彼を通して結菜のことを言っているんだろう。
「円花からその話を聞いて、綾音ちゃんと一緒に当時の記事を探したんだ」
こくりと綾音が頷く。
聞くと、20代女性の死亡記事を何件か見つけ、地域から特定、同定したという。
死因は階段からの転落や失血死などではなく、錠剤を詰まらせたことによる窒息死だったそうだ。
「窒息……?」
「つまり、ふたりがその女の人を殺してしまったと思ったあのタイミングでは、実際には生きてたんだよ」
「そう。そのときはたぶん、気を失ってただけだった」
それから意識を取り戻した彼女はそのあとのタイミングで、常用薬か何かを服用しようとしたのだろう。
警察や病院に通報するよりも先に。もしくは、呼んでもいなかったかもしれないけれど。
ともかくその際に誤嚥し、窒息してしまったことが直接の死因。
「見捨てて逃げたって事実に変わりはないけど、人殺しじゃない」
無意識のうちに止まっていた呼吸が、兄の言葉で再開する。
結果としてひとりが亡くなっている以上、喜ぶことはできないけれど、衝撃の中には安堵の気持ちが確かに存在していた。
過去に後悔があるのはわたしも若槻と同じだった。その呪縛から、少しだけ解放された気がする。
罪を忘れたわけでも、そうしていいわけでもないけれど。
目を背けても過去は変わらない。でも、その見方は変えられる。
すべてを否定してなかったことにするんじゃなく、恐れず真正面から向き合うことが、わたしがいまを生きていくための第一歩だった。
わたしにできる、唯一の償いだったんだ。
そうしなかった罰は、十分すぎるほど受けた。
過去を封じ込めた代償で手に入れた、偽りの名声もすべて失った。
罪から逃げた結果残ったのは、皮肉にも罪の意識だけだ。
だけど、もう逃げたくない。
この非現実的な出来事が、間違いを知るための機会だったなら、わたしはもう弱いままなんて嫌だ。