兄たちが戸惑ったように顔を見合わせ、わたしと若槻を見比べた。
 元に戻ったということに、きっと気がついたのだと思う。

 微笑みを崩さないながら、彼の瞳には涙が滲んでいた。
 なぜかそれが、わたしの心にひどく染みる。

 ────“完璧”じゃなくても、兄や綾音はわたしを見限ったりしなかった。
 愛されていた、なんて全然知らなくて、ふたりを突き放そうとしていたのに。

(やめて、よかったんだ……)

 こうして駆けつけてきてくれたふたりを見たら、周囲の期待に合わせて、自分を演じる無意味さを思い知った。

 わたしはあまりにも弱くて、自分のために罪から逃げた。
 そんな過去からかけ離れたものになりたくて、殻に閉じこもって、そこから出られなくなっていたんだ。
 自分の存在価値を無理やりにでも作り出していないと、生きていることさえ許されない気がして。

 だけど、こうして入れ替わって、追い詰められて、嫌でも逃げられなくなった。

 そうやってどん底に落とされても、手から離れなかったものが確かにある。
 こうなってみないと見えなかった“大切”に、わたし自身も気づかされた。

「……僕にとっては、それが結菜だった。結菜のために僕はずっと────」

 目を伏せて俯いた彼が言う。
 口を噤んでいた綾音が遠慮がちに尋ねた。

「何かあったの……?」

 つられるように若槻を見やる。
 怒涛(どとう)の展開続きで考える隙もなかったけれど、彼は自らの意思で元に戻ることを選んだんだ。
 その選択は、そしていまの様子は、どう考えてもこれまでの若槻らしくない。

「……病院から連絡があった。結菜の容態が急変して危篤(きとく)だって」

 彼は絞り出すように答えた。胸の奥がざわめく。
 危篤という言葉の意味自体はぼんやりと理解しているけれど、まったく想像がつかない。実感も湧かない。

「復讐は、結菜がこの世にいる間に果たさなきゃ意味がない。……でも、もう無理そうだ」

 時間がない、とはそういう意味だったんだろう。だから急いで一か八かの賭けに出た。
 力なく諦めたような笑みを浮かべる彼を見て、わたしは思わず言を返す。

「……殺す気なんてなかったでしょ」

 若槻が弾かれたように顔を上げる。驚いたような表情をしていた。

 わたしの首にはまだきっと赤い痕が残っている。ひりひり、ずきずきと痛みも尾を引いている。
 息のできない苦しさと恐怖は、簡単には忘れられないだろう。
 だけど、分かる。彼は本気じゃなかった。