それは、ストーカーの犯人候補として、という意味だろう。

「えっ」

「昨日、あの子に聞かれたんだよね。円花のこと」

「わたしの……!?」

「そう。仲いいんですか、とか色々。あと、円花と優翔くんの関係とかもさ」

 目を見張ったまま言葉を失ってしまう。
 自分の知らないところで自分に向けられていた関心の眼差しに、動揺してしまっていた。

「証拠はないから怪しいってだけだけど……タイミング的にも無関係とは思えなくて」

「……確かに」

「だからさ、とりあえず気をつけて。登下校は優翔くんに付き添ってもらうとか、涼介(りょうすけ)さんに送り迎えしてもらうとか」

「お兄ちゃんに?」

 つい気が緩んで、というか余裕を失って、わたしは露骨(ろこつ)に眉をひそめてしまった。

「うん、確か車で大学通ってるんだったよね。ちょうどいいじゃん!」

「……そうかな」

「そうだよー。あー、羨ましいな。かっこよくて優しくて妹思いで……本当に素敵だよね」

 綾音はうっとりしたように言い、頬を緩める。
 その評価には共感できないけれど、彼女に相談してよかった、と思った。
 真剣に聞いて案じてくれただけじゃなく、冗談まで織り交ぜてくれたお陰で幾分か気持ちが楽になった。

「……ありがとう、綾音」

「ん? ううん。何かあったらまたいつでも言ってね」

 わたしも、そして周りのみんなも、彼女を誤解していたのかもしれない。
 あたたかい綾音の笑みを見てそんなことを思った。



     ◇



 放課後、わたしはひとりで帰路についた。
 綾音にはああ言われたけれど、彼女やほかの友だちを巻き込むわけにはいかないし、若槻くんを頼るのも気が引けてできなかった。
 ひとりで何とかするしかない。

(大丈夫、だよね)

 盗撮されることはあっても、これまで犯人が直接的なアクションに出たことはない。
 なるべく人通りの多い道を早歩きで行けば、きっと大丈夫。

「…………」

 恐怖にも似た緊張を覚えながら、繰り返しそう自分に言い聞かせて歩き出した。



 学校から遠ざかるにつれて人通りが減っていく。
 何度も後ろを振り返りながら家路を急いだ。

 心臓が早鐘(はやがね)を打ち続け、ざわざわと胸が騒ぐ。
 全身を這う悪寒に身を縮め、強く鞄の持ち手を握りしめた。

 息苦しさを覚えて、無意識に呼吸を止めていたことに気づく。
 不安を吐き出すように息をつき、浅い呼吸を繰り返した。

(大丈夫。あともう少し……)

 歩道橋が見え始めると、少しだけ足取りが軽くなる。
 思わず気を抜きかけたとき、コツ……と以前聞いたのと同じ硬い靴音が耳に届いた。