「戻、った……? 戻った……!」
噛み締めるように呟いた。発せられた声も、もはや懐かしくすらある自分のもの。
本当に、元に戻ったんだ。
にわかには信じられずに涙まで込み上げてくる中、ふと彼の存在を思い出して我に返る。
(若槻は……)
きょろきょろとあたりを見回すけれど、その姿はない。
後ろを向いた瞬間、何を捉えたかも分からないうちに、わたしは仰向けに倒れていた。
「え……?」
困惑が突き抜けて感情が追いついてこない。
いつの間にか、若槻がわたしの上に馬乗りになっている。
先に意識を取り戻したか、もともと気絶していなかったのか、いずれにしてもわたしは追い込まれていた。
夜空を背景にこちらを見下ろす彼の顔は険しくて、完全に余裕を失っている。
街灯に照らされて余計に青白く見えた。
「……時間がないんだ」
そう言った彼は、わたしの首に手をかける。
低い体温が溶かし込まれた直後、ぐっと思いきり絞められる。
「なに……? や、め……っ」
苦痛に顔を歪めると、滲んだ涙で視界がぼやけた。
呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、息を吸おうとしてもうまく酸素を取り込めない。
痛い。苦しい。苦しい……!
彼の手を剥がそうと掴んでも、まったく歯が立たなかった。
力の差は歴然で、抗う余地もない。
(助けて、誰か────)
苦しみ喘ぎながら、ぎゅ、と目を瞑る。
「円花!」
くぐもって耳鳴りのする中、わたしを呼ぶ声がはっきりと聞こえた。
弱々しく目を開けると、ちかっと視界に白い光が飛び込んでくる。
反対側に停めた車から降りて車道を横切り、駆け寄ってくるふたつの人影をぼんやりと捉えた。兄と綾音だ。
ふっと不意に首を絞めていた力が緩んだ。
その瞬間、激しく咳き込んで酸素を貪る。
「大丈夫?」
傍らに屈んだ綾音がそっと背をさすってくれる。
必死で呼吸を整えながらどうにか頷いた。
兄に突き飛ばされた若槻は、そのまま地面に倒れ込んだ。
早々に降参したのか抵抗もしない。
「おまえら、何を────」
「……きみは幸せ者だね」
混乱の最中で激昂しかけた兄の言葉を遮り、若槻が呟く。
力を抜いた彼はそのまま仰向けになり、ゆっくりと身体を起こして座った。
同じようにそうしているわたしを眺め、それから向けられたのは意外なことに穏やかな微笑だった。
嫌味でも偽物でもなく、彼の本心を表しているような澄んだ表情。
「過去や秘密を知っても、こんなに想ってくれる人がいる……。きみには“完璧”なんて仮面、いらなかったんだ。とっくに愛されてた。誰かの大切だった」