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 黒板に写真を貼り出して“人殺し”だと暴露した犯人が乃愛だとしても、彼女は廃工場での一件以降、一度もわたしの前に姿を見せていない。
 教室でのことは手切れとしての仕返しだったのかも。

 バイトを終えて帰路についた頃には、すっかり夜の(とばり)が下りていた。

 今日は新汰くんがわたしより1時間くらい早めに上がったけれど、もうひとりでも不安にならない程度には慣れたものだ。

(どうやって伝えようかな……)

 過去や結菜に関する真相のことだ。どうすれば若槻にうまく説明できるだろう。
 一度、新汰くんに相談してみようか、なんてことを考えながら歩道橋の階段を上っていく。

 街灯の光が伸びるそれを渡りきったとき、ふと何か気配を感じた。

「────茅野」

 背後から呼ばれて振り返ると、そこには“わたし”が立っていた。
 逆光になって表情がよく見えない。
 いつからいたのか分からないけれど、張りつくほどの距離にいる。

「びっくりした。驚かさないでよ」

 そんな文句を垂れてみても若槻は何も言わず、一度俯いた。
 その様子を訝しんでいるうちに彼が顔をもたげ、ひと息で告げる。

「……終わりにしよう」

 え、と呟いた声は音にならないまま虚空に溶けた。
 気づかないうちに伸びてきた手が、一瞬のうちにわたしの肩を突く。

「……っ」

 思わず吸い込んだ息が喉元で詰まる。
 振り向いた視界に()れた段差が迫ってきていた。

 咄嗟に若槻の腕を掴むけれど、後ろに傾く方が早かった。
 若槻もまたわたしの肩を離さなくて、ふたり一緒に宙へ投げ出される。デジャヴだ。

 落下への恐怖から必死にしがみついた。
 それでも容赦なく全身をぶつけるうち、怖いという気持ちより“痛い”の方が増す。

 目が回って前後左右が分からなくなると、いつの間にかわたしは意識を手放していた。



 ────身体中を滑るような肌寒さを覚え、うっすらと目を開ける。

 あたりはぼんやりと暗くてはっきりしないけれど、真上に広がる墨色の夜空と、真下に敷かれたアスファルトの硬さから外にいると分かった。
 歩道橋の階段下に横たわっているんだ。

 徐々に全身が感覚を取り戻すと、あちこちが鈍く痛み出した。

(()たた……)

 特に強く痛む左の上腕を押さえる。
 乃愛に切りつけられた傷を上から打ちつけたせいだろう。
 何気なく触れたてのひらに、湿った感触があった。

「ん……?」

 訝しみながら見やると、滲んだ血がついている。
 おかしい。痛覚はともかく、ここに傷があるのは“わたし”の身体の方なのに。

(あれ?)

 ……手が、小さい。
 慌てて両手を眺め、手の甲側も確かめた。筋張ってもいないし、線の細いしなやかなものだ。

 はっとして勢いよく起き上がると、自分の姿を眺めた。
 胸元のリボンにカーディガンにスカート。間違いなく、いつものわたしの格好だった。