◇
黒板に写真を貼り出して“人殺し”だと暴露した犯人が乃愛だとしても、彼女は廃工場での一件以降、一度もわたしの前に姿を見せていない。
教室でのことは手切れとしての仕返しだったのかも。
バイトを終えて帰路についた頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
今日は新汰くんがわたしより1時間くらい早めに上がったけれど、もうひとりでも不安にならない程度には慣れたものだ。
(どうやって伝えようかな……)
過去や結菜に関する真相のことだ。どうすれば若槻にうまく説明できるだろう。
一度、新汰くんに相談してみようか、なんてことを考えながら歩道橋の階段を上っていく。
街灯の光が伸びるそれを渡りきったとき、ふと何か気配を感じた。
「────茅野」
背後から呼ばれて振り返ると、そこには“わたし”が立っていた。
逆光になって表情がよく見えない。
いつからいたのか分からないけれど、張りつくほどの距離にいる。
「びっくりした。驚かさないでよ」
そんな文句を垂れてみても若槻は何も言わず、一度俯いた。
その様子を訝しんでいるうちに彼が顔をもたげ、ひと息で告げる。
「……終わりにしよう」
え、と呟いた声は音にならないまま虚空に溶けた。
気づかないうちに伸びてきた手が、一瞬のうちにわたしの肩を突く。
「……っ」
思わず吸い込んだ息が喉元で詰まる。
振り向いた視界に擦れた段差が迫ってきていた。
咄嗟に若槻の腕を掴むけれど、後ろに傾く方が早かった。
若槻もまたわたしの肩を離さなくて、ふたり一緒に宙へ投げ出される。デジャヴだ。
落下への恐怖から必死にしがみついた。
それでも容赦なく全身をぶつけるうち、怖いという気持ちより“痛い”の方が増す。
目が回って前後左右が分からなくなると、いつの間にかわたしは意識を手放していた。
────身体中を滑るような肌寒さを覚え、うっすらと目を開ける。
あたりはぼんやりと暗くてはっきりしないけれど、真上に広がる墨色の夜空と、真下に敷かれたアスファルトの硬さから外にいると分かった。
歩道橋の階段下に横たわっているんだ。
徐々に全身が感覚を取り戻すと、あちこちが鈍く痛み出した。
(痛たた……)
特に強く痛む左の上腕を押さえる。
乃愛に切りつけられた傷を上から打ちつけたせいだろう。
何気なく触れたてのひらに、湿った感触があった。
「ん……?」
訝しみながら見やると、滲んだ血がついている。
おかしい。痛覚はともかく、ここに傷があるのは“わたし”の身体の方なのに。
(あれ?)
……手が、小さい。
慌てて両手を眺め、手の甲側も確かめた。筋張ってもいないし、線の細いしなやかなものだ。
はっとして勢いよく起き上がると、自分の姿を眺めた。
胸元のリボンにカーディガンにスカート。間違いなく、いつものわたしの格好だった。
黒板に写真を貼り出して“人殺し”だと暴露した犯人が乃愛だとしても、彼女は廃工場での一件以降、一度もわたしの前に姿を見せていない。
教室でのことは手切れとしての仕返しだったのかも。
バイトを終えて帰路についた頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
今日は新汰くんがわたしより1時間くらい早めに上がったけれど、もうひとりでも不安にならない程度には慣れたものだ。
(どうやって伝えようかな……)
過去や結菜に関する真相のことだ。どうすれば若槻にうまく説明できるだろう。
一度、新汰くんに相談してみようか、なんてことを考えながら歩道橋の階段を上っていく。
街灯の光が伸びるそれを渡りきったとき、ふと何か気配を感じた。
「────茅野」
背後から呼ばれて振り返ると、そこには“わたし”が立っていた。
逆光になって表情がよく見えない。
いつからいたのか分からないけれど、張りつくほどの距離にいる。
「びっくりした。驚かさないでよ」
そんな文句を垂れてみても若槻は何も言わず、一度俯いた。
その様子を訝しんでいるうちに彼が顔をもたげ、ひと息で告げる。
「……終わりにしよう」
え、と呟いた声は音にならないまま虚空に溶けた。
気づかないうちに伸びてきた手が、一瞬のうちにわたしの肩を突く。
「……っ」
思わず吸い込んだ息が喉元で詰まる。
振り向いた視界に擦れた段差が迫ってきていた。
咄嗟に若槻の腕を掴むけれど、後ろに傾く方が早かった。
若槻もまたわたしの肩を離さなくて、ふたり一緒に宙へ投げ出される。デジャヴだ。
落下への恐怖から必死にしがみついた。
それでも容赦なく全身をぶつけるうち、怖いという気持ちより“痛い”の方が増す。
目が回って前後左右が分からなくなると、いつの間にかわたしは意識を手放していた。
────身体中を滑るような肌寒さを覚え、うっすらと目を開ける。
あたりはぼんやりと暗くてはっきりしないけれど、真上に広がる墨色の夜空と、真下に敷かれたアスファルトの硬さから外にいると分かった。
歩道橋の階段下に横たわっているんだ。
徐々に全身が感覚を取り戻すと、あちこちが鈍く痛み出した。
(痛たた……)
特に強く痛む左の上腕を押さえる。
乃愛に切りつけられた傷を上から打ちつけたせいだろう。
何気なく触れたてのひらに、湿った感触があった。
「ん……?」
訝しみながら見やると、滲んだ血がついている。
おかしい。痛覚はともかく、ここに傷があるのは“わたし”の身体の方なのに。
(あれ?)
……手が、小さい。
慌てて両手を眺め、手の甲側も確かめた。筋張ってもいないし、線の細いしなやかなものだ。
はっとして勢いよく起き上がると、自分の姿を眺めた。
胸元のリボンにカーディガンにスカート。間違いなく、いつものわたしの格好だった。