不意に彼の声色が和らいだ。
 はっと顔をもたげる。ばらばらに砕け散った心の欠片を、もう一度集めてみる気になった。

「……信じていいの? 菅原くんのこと」

「新汰でいいです。円花先輩」

 初めて、かもしれない。彼が自然に笑うところを見たのは。
 優しい笑みは控えめながら、あたたかく響くものがあった。

「信じるよ、わたし」

 わざわざ伝える必要はなかったかもしれないけれど、無意識のうちに口をついていた。
 少し驚いたような表情をした彼は、それから頷き返してくれる。

 ────過去のことをどうして乃愛が知っているのか、という疑問は残るものの、彼自身は彼女に聞いたに過ぎないのだろう。
 とにもかくにも、これではっきりした。
 誰が味方なのか、ということが。

 そんなことを考えていると、彼が(うれ)うように眉根を寄せる。

「ただ……さっきので、俺たちが繋がってることは若槻先輩にもバレたと思います。だから、今後は何かあったら迷わず俺を頼ってください」

「うん。ありがとう……新汰、くん」

 遠慮がちに呼んでみると、一瞬、戸惑うようにその瞳が揺れた。
 俯くようにわずかに顔を背け、彼は言う。

「……早く元に戻ってくださいね。それ、円花先輩の口から聞きたいんで」



     ◆



 優翔は“彼”のバイトが終わる時間に合わせて歩道橋上へ来ていた。
 大して待つこともなく、新汰が現れる。

「きみの差し金?」

 そう尋ねると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「何のことですか」

「乙川乃愛のことだよ。どうせ、きみが()きつけたんでしょ」

 手すりに置いていた腕を下ろし、彼に向き直る。
 円花の身長だと見上げなければならないが、この目線にも大概慣れてきた頃だ。

 新汰は素知らぬ態度を貫いて、あっけらかんと答える。

「知りませんよ。あいつが勝手に暴走したんです」

「僕を騙せると本気で思ってるの?」

 優翔は厳しい表情を崩さないまま問い詰める。
 はじめは尋ねる口調で出方を窺いはしたものの、既に確信があった。

「…………」

「確かに彼女は面倒な子だったけど、あそこまでのことを独断でしてのけるとは思えない」

 いくら嫉妬が高じたからといっても、刃物で円花に襲いかかるなんて発想も度胸もないはずだ。
 それこそ、新汰のような狡猾(こうかつ)な人物が裏で手を引いていない限りは。

「……さすがですね、若槻先輩」

 ややあって、彼が静かに頷いた。

「確かに俺が言ったんですよ。茅野先輩さえいなくなれば、若槻先輩はおまえを見てくれるだろう、って。邪魔者はその手で消しちゃえばいい、って」

 そう言ったとき、乃愛は戸惑いを顕にしていた。

『でも、菅原くんは茅野のことが好きなんじゃ……』

『俺を見てくれないならどうでもいいよ。むしろ、いらない』