そういうことか、と腑に落ちた。
だから乃愛が“わたし”を誘い出したことも、その場所も知っていた。
だけど、裏切ることへ踏ん切りをつける決定的な判断材料を見つけるには至っていなくて、曖昧な立場でできる限りの手助けをしてくれようとしていたんだろう。
そういう背景のせいで、何を考えているのか分からない、という心象に繋がってしまった可能性はある。
「最初、小谷先輩に話しに行ったのは、茅野先輩を孤立させるための乙川の作戦で……俺はただ従っただけだった」
その言葉に、綾音と交わした会話を思い出す。
『そんなときにね、あいつが接触してきたの』
『あいつ?』
『菅原』
確かそのとき彼は、綾音に兄との仲を取り持つようなことをうそぶいていたという話だった。
「歩道橋で鉢合わせさせて、入れ替わった状況を再現する計画をぶち壊したのは、乙川や小谷先輩の信用を得るためでした」
彼に対して不信感を抱き始めたきっかけであるその出来事には、そんな裏事情があったようだ。
それに関してはやっぱり、わたしは利用されたということになる。若槻が、と言うべきかもしれないけれど。
いずれにしても、昨日で決心がついたわけだ。
実際に乃愛の手によって“わたし”に危機が迫ったことで、それ以上、彼女と結託し続ける意味がなくなった。
目指すべき方向は同じでも、菅原くんと乃愛の目的には齟齬があって。
「昨日の夜も……邪魔してすみませんでした」
彼はしおらしく謝った。
若槻に洗いざらい打ち明けようとしたのを、強引に遮ったことだ。
「でも、あのままぜんぶ話したとして、信じてくれたと思いますか」
「それは……」
分からないけれど、結菜の“あの日”の選択と、それを隠し通すためにしたことを、簡単に受け入れられるわけがないのは確実だった。
特に妹を可哀想な被害者だと思い込んでいる彼が、憎い加害者だと信じて疑わないわたしに何を言われたところで、素直に聞いてくれる保証なんてどこにもない。
「下手に誤解されたら茅野先輩の身体が、命が危険に晒されることになる……。慎重になるべきだって言ったのは先輩なんですよ」
菅原くんの気迫に圧される。
心から案じてくれていると分かるからこそ、真摯に受け止めるほかない。
「……俺はいつでも、先輩を守ることを第一に考えて動いてきたつもりです」