「落ち着いてください。まだ若槻先輩がやったって決まったわけじゃないですし」
「決まってる。若槻はずっと待ってたんだよ。わたしを一番、絶望させられるタイミングを」
「でも……ほかにもいますよね。先輩の過去を知ってた人」
意識が自然と枝を伸ばして探り当てたのは、昨晩のことだった。
『乙川が言ってた。きみは人殺しだって』
彼をどこまで信じるべきかは微妙なところだけど、もしそれが本当なら────。
「まさか、乃愛が……?」
「動機は十分じゃないですか」
思わず窺うように菅原くんを見やると、迷いのない眼差しが返ってくる。
あれ、と不意に違和感を覚えた。
乃愛が知っていることを、どうして彼も知っているんだろう。
「菅原くんってさ……どうして昨日、若槻が廃工場にいるって分かったの?」
帰り際も、どうして強引に連れていってしまったのか。
彼に対するこれまでの不信感をこらえて、適当に折り合いをつけ続けるのは限界だった。
弱くて不器用なわたしには、完全に信じることもできない反面、完全に疑うこともできない。
彼は一度黙り込んだものの、再び口を開くまでにそう時間はかからなかった。
きっと、予想していたか、とっくに観念していたのだ。
「この際だから、本当のこと言いますね」
俯いていた顔を上げた彼は、どこか吹っ切れた様子だった。
「俺、乙川と組んでたんです」
「え?」
「俺は茅野先輩のことが好きで、あいつは若槻先輩のことが好きで……利害が一致してたから、協力関係にあった。もちろん、入れ替わりの件とは関係ないところで」
もともと菅原くんと乃愛には接点があって、お互いの恋心を優先させることが、それぞれにとって都合がよかったわけだ。
入れ替わりの件とは関係ない、という言葉通り、乃愛はわたしと若槻が入れ替わっていることを知らない。
それは昨晩の様子を見ても間違いないだろう。
菅原くんはどうやら、その秘密を守り続けてくれているみたいだ。
「でも、俺としては茅野先輩が傷つくのは本意じゃなかった。先輩を守りたいっていうのが一番にあったから……。だから、乙川を裏切ることにしたんです」