「本当は知ってたんだ。あの日のことも、ぜんぶ……っ」

 すっかり錯乱(さくらん)状態に陥ってしまったわたしは、涙混じりに力なく若槻を突き飛ばした。
 少しよろめいたものの、何も言わない。

 わたしたちが悪目立ちしていることは承知していた。だけど、なりふり構っていられない。

 “わたし”に向けられる懐疑(かいぎ)の視線や囁かれる陰口の数々が、若槻を通して直接突き刺さる。
 もう、おしまいだ。
 いままで丁寧に築き上げてきた、完璧な茅野円花の人物像が、音を立てて崩れ落ちていくのが分かる。

(これが、復讐なの……?)

 まず手始めにこんな暴露をしてのけることで、わたしを社会的に殺すことにしたのかもしれない。
 昨晩の態度に騙された。
 負い目があることで弱気になっていた。彼の本性を忘れ、油断していた────。

 あまりの事態に耳鳴りがして、目の前が真っ暗になる。
 そのとき、すっと誰かが横切った。

「……!」

 菅原くんだ。
 何とも言えない空気が立ち込める中、陰口も好奇の眼差しもものともしないで、素早く黒板の写真を剥がすと無言で文字を消す。
 どさ、と躊躇なくすべてゴミ箱に突っ込んだ。

 見かけ上は元通り、何事もなかったかのように黒板は綺麗になっている。
 いつの間にかざわめきは止み、誰ひとり身じろぎできないで、教室内は水を打ったように静まり返っていた。

 振り向いた菅原くんは“わたし”を一瞥(いちべつ)し、それからこちらに向き直る。

「……来てください。話があります」



    ◇



 ばたん、と背後で屋上のドアが閉まる。
 フェンスの巡らされた縁の方へ向かう彼について歩きながら、思わず深いため息をついた。

「終わりだよ、もう……。若槻のせいで、元に戻ってもわたしは終わり」

 “わたし”を取り囲んでいた周りの人たちの冷ややかな目を思い出す。
 面白がって何かを囁き合う面々の中には、もともとわたしを好いてくれて、一緒に過ごしていた友人も含まれていた。
 ……もう、元に戻ったって居場所なんかない。

 あれほど追い求めていた“完璧”って、何だったんだろう。こんなに(あら)だらけだったのに。
 そもそもわたしが思い描いていた理想って何だったんだろう。
 わたしって、何だったんだろう。

 過去の自分から乖離(かいり)した存在を目指したのは結局、罪からの逃避でしかない。
 わたし自身を騙して、周囲を騙して、そうまでして必死に守ってきた心が折れて粉々に砕けた。

「ばかみたい」

 痛みを分かち合って、理解したつもりになっていた。自分のことも彼のことも。
 吐き出した挙句に残るのが虚しさだけだなんて、と空っぽの身体に反響するような乾いた笑みがこぼれる。