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「ねぇ、優翔くん! 優翔くん!」

 登校して昇降口で靴を履き替えていると、綾音が青い顔で飛んできた。
 人目を(はばか)ってそう呼んだのだろう。わたしの腕を掴み、ぐい、と強く引っ張ると、声を落として言う。

「円花、来て。やばいよ。いま、教室で────」



 “茅野円花は人殺し”。

 教室を覗くと、黒板に大きくそう書かれていた。
 その文字を大量の写真が取り囲んでいる。

 痣だらけの腕や脚の写真、遺書の写真、昏睡状態にある現在の結菜の写真、それから生徒手帳のコピー写真────。

「あの痣の写真、結菜ちゃんのスマホから見つかったものと同じなんだよ……」

 綾音が小声で教えてくれた。
 どうやらダンボールの中には結菜のスマホも入っていたらしく、いま貼り出されている痣の写真はその中に保存されていたもののようだ。
 顔こそ写っていないけれど、あの手足の主は結菜で、彼女がいじめを偽装するために自作自演で残しておいた写真の数々だろうと分かる。

 ざわめきと好奇の目に満ちた教室の中央で“わたし”が、若槻が呆然と立ち尽くしている。
 ……まるでさらし者みたい。

 再び黒板を見やったとき、生徒手帳の写真が目に留まった。
 中学2年当時のもので、そこに記されているのはわたしの名前だ。

「…………」

 一瞬、すべての音が消えた。
 気がついたら手から鞄が滑り落ちていた。

(あれ、は……)

 あの生徒手帳は“あの日”になくしたものだった。
 結菜と逃げる途中、どこかへ落としたのかいつの間にかなくなっていたのだ。

 心臓が早鐘(はやがね)を打ち、呼吸が速くなる。
 黒板のありさまは一見、わたしが結菜をいじめて自殺に追い込んだことを暴露し、責めているように見えるけれど、そうじゃない。

 これをやった犯人は知っているのだ。
 “あの日”のことを────。

 瞬間的に平衡感覚を失い、たたらを踏む。
 踏みとどまった足がどうにか地面を捉えると、ふらりと踏み出していた。
 一歩、二歩、進んだあとは迷いのない足取りで、若槻の元へ進んでいく。

「あんたがやったの……?」

 声は弱々しく掠れたものの、ちゃんとその耳に届いたようだ。
 どこか慌てたように目を見張る。

「ちがう……。僕じゃ────」

「うそ。あんたしかいない。こんな写真持ってるのも、結菜の状態を知ってるのも……!」

 その襟を掴んでまくし立てる。手が震え、呼吸が震え、声が詰まった。

 ここにあるほとんどが彼女のスマホの中にあった写真で、現にそれは若槻の家にあったのだ。遺書だってそう。
 結菜が昏睡状態だということも、ほかに誰が知っていると言うんだろう。