彼女とは入学当初からの付き合いだ。
そのときの綾音は持ち物や立ち居振る舞いが子どもっぽい上、空気を読まない発言が天然っぽい、とクラスメートから早々に敬遠され、浮いた存在だった。
わたしも最初は関わるつもりなどなかった。
けれど、たまたま綾音の鞄についているマスコットがわたしの好きなキャラクターだと気づき、つい声をかけてしまったのだった。
孤立した彼女を気にかけて株を上げよう、なんて打算的な思惑は、そのときのわたしにはまったくなかった。
人気者を装うにあたって正しい選択だったと気がついたのは、あとになってからのことだ。
綾音の本心が分からないのは確かだけれど、いまでも離れようとしないということは、少なからずあのときのことに恩を感じてくれているのかも。
だったら、弱気な一面を多少晒したところで、わたしを蔑んだりはしないはず────。
「……あのね、実はいまちょっと悩んでることがあって」
冷たい指先で髪に触れながら、意を決して切り出す。
「えっ、なになに?」
スマホを取り出すと、身を乗り出した綾音に例のメッセージを見せた。
【逃げられると思ってる?】
【今日は寄り道しないの?】
【ブロックしても無意味だよ。ずっと見守ってるからね】
こんな内容のメッセージが日に何度も送られてきて、そのたびにブロックしてみても、アカウントを変えてまたしても送りつけてくるのである。
「何これ、こっわ……。完全にストーカーじゃん」
「やっぱりそうなのかな……?」
「間違いないよ。大丈夫なの? ほかには何かされてない?」
「盗撮とか、無言電話とか……。犯人が同一人物かは分かんないんだけど」
細い声で答えると、綾音は血相を変える。
「絶対そうだって! 相手、かなり執念深いよ。身近にいるみたいだし、気をつけないと本当に危ないんじゃ────」
ふと言葉が途切れ、不思議に思ってわたしは顔を上げた。
どこか別のところに目をやっていた彼女の視線を辿り、正面玄関の扉あたりでひとりの男子生徒を認める。
彼と目が合った途端、人の流れや喧騒が背景の一部と化し、ぞっと冷たいものが背中を滑り落ちていった。
(誰、だろう……)
見覚えはないけれど、ただならぬ雰囲気をまとっている。
そのうちに視線を外した彼が動き出して風景に溶け込むと、そこでわたしの金縛りが解けた。
「……あいつ」
綾音が鋭い声色で呟く。その双眸には確かな警戒心が宿っていた。
「知ってるの?」
「1年の菅原新汰って子なんだけど……あいつが怪しいかも」