乙川の好意に気づいていながら、受け入れることも突き放すこともしないで、一線を(かく)して接してきた。

 どうでもよかったんだ。僕と妹と、復讐以外の何事も。
 ひとりでいたかった。
 そのくせ、彼女に限らず、誰かを好きになることも嫌いになることもしたくなかった。

 どうせ、そのうちこの世界から消えるんだ。
 ほかの誰も必要ない。

 だから表面だけの笑顔と愛想を振りまいて、これまでやり過ごしてきた。
 でも、その中途半端さが今回のことを招いた。

 知らなかったんだ。
 悪意ばかりを肥やして、好意に疎かった僕は、それもまた刃になりかねないということを。

「とりあえず……間に合ってよかった」

 茅野がほっとしたように呟く。
 その横顔を眺めていたら、とめどない涙と心からの言葉と結菜のことが蘇って、どう接するべきか分からなくなった。

「……さっきはよくも僕を貶めてくれたよね」

 自分のためだと言ったのが本心でも、彼女に助けられたのは事実。
 だけど、素直に礼も言えなくて、つい悪態をついた。

 キスを迫るふりをしてみたり、女の子に興味がないなんて言ってみたり、僕に対するささやかな仕返しに思えてならない。
 ……確かに前者の行動は、ちょっと僕っぽかったかもしれないけれど。

「他人なんてどうでもいいんでしょ。だったら、あの子を追い払えたことにむしろ感謝して欲しいくらい」

「……はは。きみって本当にいい性格してるよね」

「あんたに言われたくないけど」

 何だかおかしくなって、不思議と笑いがこぼれる。声を上げて笑ったのは久しぶりのことだ。

 誰より憎くて嫌いだった彼女と、いまでは互いに一番の理解者になってしまったんだから、笑わずにはいられない。

「……助かったよ」

「え」

「ありがとう、茅野」

 いつの間にか毒気(どくけ)を抜かれ、素直にそんなことを口走っていた。
 自分でも信じられないことだが、不思議と悪い気はしない。

「……だから、自分のためにしたことだってば。お礼なんて言わないでよ」

 そう言いながら、茅野も茅野で戸惑っているようだった。
 “ごめん”で調子を狂わされた僕からの仕返し、ということにしておく。

「────あのさ」

 茅野が適当なブロックの上に腰を下ろしたのを見計らい、慎重に切り出した。

「“人殺し”って、何の話?」