自分に向けられた復讐心を知っているなら、茅野を社会的に殺すため、というのが理由になる。
 僕が茅野の姿で罪を犯せば、それはそれで復讐になるから。それなのに────。

「悪いけど、きみに入り込む余地なんてないから」

 言葉を探す乙川に、彼女は言ってのけた。

「そんな……」

「信じられないならそこで見ててよ」

 そう言うなり再びこちらを向いた茅野は、もったいつけるような足取りで歩み寄ってくる。

(何だ……?)

 意図が分からず、思わず後ずさる。
 だけど、それを阻むかのように伸びてきた手が肩に添えられた。
 驚いているうちに足が止まり、触れた手が背中の方へ滑る。

「な、なに……」

 戸惑う僕に構わず、わずかに身を屈めた茅野が空いた手で顎をすくってきた。
 ゆっくりと、顔が近づく。
 そこまでされてようやく彼女の意図に気がついた。

 相手は僕自身なのに、中身はあの憎たらしい茅野なのに、動揺して心臓が騒ぎ出す。どうしたっておさえられないほど。

 至近距離に迫った唇が触れる────寸前、茅野が身を引いた。

「……なんて」

 小さく笑いつつあっさり僕から離れると、乙川に向き直る。

「冗談。茅野とはただの友だちだよ」

「……うそ」

「本当。そもそも僕、女の子には興味ないんだ。ごめんね?」

 苦笑を浮かべながら小首を傾げた。
 乙川ともども呆然としたままその言葉を受け止める。開いた口が塞がらない。

「何それ……ひどい。あたし、そんなの信じませんから!」

 乙川は蒼白の顔で捨て台詞を残し、逃げるように駆けていった。
 そうは言ったものの、茅野の残酷な言葉にはしっかりとダメージを受けたらしい。
 絶望か失望か、感情の整理が追いつかないことだろう。

 その足音が聞こえなくなった頃、何だか身体から力が抜けた。
 その場に屈み込み、茅野を見上げる。

「……まさか、助けにきてくれたの?」

「そんなわけないでしょ。自分の身を守りにきただけ。それ、あとでちゃんと病院行ってよ」

 左の上腕を指して彼女が言う。
 傷はそれほど深くないらしく、もう血は止まっている。
 それでも茅野は継続的な痛みを感じていることだろう。

 分かってる、と一見興味なさそうに答えておいた。
 だけど、僕以外の手でこの身体に傷がついたことは、間違いなく僕の責任だ。