◆
「……っ」
唐突に切りつけられた左腕を押さえる。
じわ、と服に染み込んであふれた血が指の隙間から滴った。
その感覚はあるが、やっぱり痛みは感じない。
今頃、茅野は異変に気づいていてもおかしくなかった。
(避けきれなかった)
ぎりぎりで躱したつもりが、間に合わなかったみたいだ。
とにもかくにもこのままじゃまずい。
(通報────)
ポケットから取り出したスマホは、即座に察して詰め寄ってきた彼女に弾かれてしまった。
地面に落ちたそれを、僕の手の届かないところまで蹴って遠ざける。
「余計な真似しないでくださいよ……。警察のお世話になったら、先輩だって困るでしょ? なんてったって“人殺し”なんですから」
そのまま受け取りかけて、結局飲み込めずに困惑した。
人殺し……?
一瞬、結菜のことかとも思ったが、妹は生きている。
乃愛自身も“未遂”と口にしていたし、そのことは分かっているはずだ。
「……何の話?」
「あたしが捕まるようなことがあれば、先輩のことも洗いざらい話しますから。殺人犯だって突き出します。それが嫌なら、大人しく消えてください」
「ちょっと待って……。本当に何のことか分かんないんだけど」
「とぼけないでよ、白々しい! そういうの、本当にうざい」
その声がひときわ冷ややかに低められたかと思うと、乙川が握りしめた包丁を振り上げる。
咄嗟に身を縮め、自分を庇うように両手を掲げた。顔を背けて強く目を瞑る。
「何してんの!?」
不意に飛んできた声が空気を割った。
ふと目を開ける。自分の声だと気づくまでに数秒要した。
「先輩……!?」
乙川が慌てて包丁を背に隠す。
ここまで大急ぎで飛んできたらしい僕もとい茅野は、肩で息をしながら、彼女から庇うように目の前に立った。
「……何してんの」
「それは、その……」
強い調子で繰り返した茅野に、乙川は怯んだ様子で言い淀んだ。
何を思ったか、隠していた包丁を差し出す。
「正当防衛なんです! 茅野先輩に襲われそうになったから、身を守ろうとしただけで」
滅茶苦茶な言い分に一瞬、呆気に取られた。
訝しむように振り向いた“僕”と目が合うと、我に返って慌てる。
「ちが────」
「茅野がきみを襲う理由がどこにあるの?」
毅然と言い返したその後ろ姿を、つい驚きながら見つめる。
意外だった。何も聞かずに僕を信じるなんて。
「……っ」
唐突に切りつけられた左腕を押さえる。
じわ、と服に染み込んであふれた血が指の隙間から滴った。
その感覚はあるが、やっぱり痛みは感じない。
今頃、茅野は異変に気づいていてもおかしくなかった。
(避けきれなかった)
ぎりぎりで躱したつもりが、間に合わなかったみたいだ。
とにもかくにもこのままじゃまずい。
(通報────)
ポケットから取り出したスマホは、即座に察して詰め寄ってきた彼女に弾かれてしまった。
地面に落ちたそれを、僕の手の届かないところまで蹴って遠ざける。
「余計な真似しないでくださいよ……。警察のお世話になったら、先輩だって困るでしょ? なんてったって“人殺し”なんですから」
そのまま受け取りかけて、結局飲み込めずに困惑した。
人殺し……?
一瞬、結菜のことかとも思ったが、妹は生きている。
乃愛自身も“未遂”と口にしていたし、そのことは分かっているはずだ。
「……何の話?」
「あたしが捕まるようなことがあれば、先輩のことも洗いざらい話しますから。殺人犯だって突き出します。それが嫌なら、大人しく消えてください」
「ちょっと待って……。本当に何のことか分かんないんだけど」
「とぼけないでよ、白々しい! そういうの、本当にうざい」
その声がひときわ冷ややかに低められたかと思うと、乙川が握りしめた包丁を振り上げる。
咄嗟に身を縮め、自分を庇うように両手を掲げた。顔を背けて強く目を瞑る。
「何してんの!?」
不意に飛んできた声が空気を割った。
ふと目を開ける。自分の声だと気づくまでに数秒要した。
「先輩……!?」
乙川が慌てて包丁を背に隠す。
ここまで大急ぎで飛んできたらしい僕もとい茅野は、肩で息をしながら、彼女から庇うように目の前に立った。
「……何してんの」
「それは、その……」
強い調子で繰り返した茅野に、乙川は怯んだ様子で言い淀んだ。
何を思ったか、隠していた包丁を差し出す。
「正当防衛なんです! 茅野先輩に襲われそうになったから、身を守ろうとしただけで」
滅茶苦茶な言い分に一瞬、呆気に取られた。
訝しむように振り向いた“僕”と目が合うと、我に返って慌てる。
「ちが────」
「茅野がきみを襲う理由がどこにあるの?」
毅然と言い返したその後ろ姿を、つい驚きながら見つめる。
意外だった。何も聞かずに僕を信じるなんて。