思わず苦い気持ちになる。
 何も知らずに若槻に騙され、あろうことか惹かれつつあったときの話だ。

「でも、わたしたちは別に……」

「分かってますよ。けど、あいつは入れ替わりのことも先輩の本心も知らないから、勘違いしてる」

 “逆恨み”という言葉と相まって、ぞく、と背筋が冷える。
 その勘違いが引き金になって、わたしの身が(おびや)かされるかもしれない。
 動機はちがえど、若槻がそうだったみたいに。

「先輩って……今日、若槻先輩と一緒でした?」

「え……。あ、うん。途中までそうだったけど」

 記憶を取り戻した反動で意識を失うまでは。
 目が覚めたあとには姿がなかった。兄の言葉を思い出す。

「そういえば、どこか行ったまま連絡ないかも」

「それ、もしかしたらあいつが────」

「痛っ!」

 突如として左の上腕(じょうわん)に衝撃が走った。熱く焼けるような激痛。
 思わず確かめるけれど、そこには何の異変もない。

 顔を歪めて悶えるわたしの様子に、菅原くんが怪訝そうに眉を寄せた。

「どうしたんですか?」

「……あの、ね。わたしと若槻、痛覚が共有されてるの。共有っていうか、痛覚だけは本人の方に引っ張られてる」

 そう言っている間も、上腕がずきずきと痛み続けていた。
 菅原くんが衝撃を受けたように目を見張る。

「ということは……まさか、いまのって」

 その声が緊張気味に引きつった。

 まさか────乃愛が“わたし”に何かしているんじゃないだろうか。
 少なくとも“わたし”の身体に何かあったのは間違いない。

「行かなきゃ……っ」

 こうしてはいられない。痛み続ける腕が危機感を訴えかけてくる。
 焦燥(しょうそう)に飲まれて勢いよく立ち上がった。

「待って。居場所、分かるんですか? 闇雲に動いても無駄でしょ」

「でも、じゃあ……どうすれば!」

 あくまで冷静な菅原くんは少しの間黙り込み、考えるように視線を彷徨わせる。躊躇しているようにも見えた。
 ややあって、静かに言う。

「……廃工場。学校近くのあの(さび)れたとこにいるはずです」

「えっ」

 予想だにしない言葉に驚いてしまう。

「何で分かるの?」

「いまはそれどころじゃない。先に行ってください。俺も通報してすぐ追います」