────卑怯な小心者。いつか、若槻に言われたことを思い出した。
彼は結菜の思惑通りに、彼女があんな状態になった原因をいじめによるものだと思い込んで、わたしに恨みを抱いたんだろう。
当時のわたしが高飛車な“女王さま”だったことで、遺書にわたしの名前があったことで、誤解したんだ。
それはきっと、結菜にとっても誤算だった。
とはいえ、若槻の言葉は的を射ている。
いまも昔も自分のことしか考えていない。それは確かで、わたしはただの卑怯者だから。
「謝りたい……」
滲んできた涙がこぼれる前に小さく言った。
謝らなきゃならない。たとえ、許されなくても。
亡くなったお姉さんにもあの子にも、心から詫びたい。
「なのに、覚えてない。……顔も、名前も」
結菜とちがってわたしが会ったのはあの日一度きりで、記憶に残っていなかった。
過去を忘却していたのとは別だから、思い出す余地もない。それが悔しくて申し訳ない。
つい俯くと、はらはらと雫が散っていく。
「円花……」
「結菜のことも忘れてたなんて、自分でも信じられない。仲がよかったはずなのに、病院でひと目見ても……全然分からなかった」
自分を守るための“殻”が想像以上に厚かったことを自覚する。
最後に会った日とは変わり果てた姿になっていた。それもあるかもしれないけれど。
結菜は結菜でも、もうわたしの知っている彼女はいないんだ。
余命幾ばくもない上、自分の意識ごと内側へ閉じ込もってしまった彼女とは、二度と話すことも叶わないかもしれない。
そのことが、辛くて辛くて涙が止まらなかった。
この期に及んで、わたしはまだ自分本位な涙ばかり流している。
「……っ」
遠慮がちに、兄の手が頭に乗った。
泣きじゃくるわたしの頭を何も言わずに撫でてくれる。……こんなの、何年ぶりだろう。
とっくに忘れていた温もりにまた、涙があふれた。
◇
日が落ちて、あたりはもう暗くなっていた。
これなら泣き腫らした顔で出歩いても、若槻に文句を言われることもないだろう。
兄は“送る”と言ってくれたけれど、それを断ってひとりで帰路についていた。
罪深い過去と、混沌とした現実と、まとまらない感情で入り乱れる頭の中を整理したくて。
閑静な下道から車通りのある大きめの道へ出たとき、ポケットの中でスマホが震える。
見ると、綾音からメッセージが来ていた。
兄によると、彼女のことは既に家まで送り届けたあとらしい。
「……何これ?」