数えられないほど後悔した。だけど、もう何もかもが手遅れだ。
“秘密にしよう”────ずるくて弱い約束を、破る度胸すらなかったわたしは、あの日のことを忘れようと思った。
早く忘れてしまいたかった。もう考えたくなかった。
この苦しみから逃れるために、まず思い出すことをしなくなって、次第にあの日の出来事は頭の深いところへ埋もれていった。
上澄みを足して、足して、濁して、見えないようにして、上辺だけの日々を送る。
『円花、おまえはもう少し人の気持ちってもんを……』
『くだらない。ばかじゃないの』
自分の弱さを認めたくなくて、兄も友だちも、周囲の何もかもを突っぱねるように高圧的な態度で接した。
────無理やり覆い隠した記憶がようやく薄れ始めたある日のことだった。
結菜が自殺を図ったのは。
見捨てて、逃げた。
あの日、同じ罪を背負った彼女が、ついに罪悪感に耐えきれなくなって限界を迎えたのだ。
確かに結菜は日に日に痩せ細り、ずっと顔色が悪かった。
あのことで葛藤しているのだとわたしだけは気づいていたのに、また見てみぬふりをした。
ぜんぶ、自分のためだ。
もう思い出したくなかったから。忘れたかったから。
彼女はいじめを偽装して、それが原因で自ら命を絶ったように見せかけようとした。
急に自殺するなんて不自然だし、かといって真実を明かせば兄を悲しませてしまう────きっと、そんなふうに考えていたのだろう。
◇
「いじめなんて、なかったの」
再び繰り返した言葉が静かな部屋に落ちる。
ただ、もっと根の深い罪があって、ひとりは忘れてしまうことで逃げ、ひとりは眠り続けることで逃げたのだ。
彼女が死にきれないで病に冒されたことも、わたしが若槻と入れ替わって絶望に叩き落とされたことも、もしかすると相応の“罰”なのかもしれなかった。
(だから、階段を落ちたときに……?)
いずれにしても、わたしは最低だ。
こんな重罪を忘れて、逃げて、のうのうと生きて────。
強く唇を噛み締めると、沈黙が落ちた。
迂闊に口を開くこともままならないような重苦しさがある。
兄はすっかり言葉を失って、揺れる双眸でこちらを見つめている。