つい頬から力が抜けた。
帰り道での様子を思えば、廊下でぶつかったのがわざとだったとしても驚かない。
『えー? だとしたら、割と本気?』
『まあ、どっちにしたって応援するしかないでしょ。円花には敵うわけもないし』
す、とイヤホンを外し、スマホを机の上に置いた。
「……当たり前でしょ」
再びそう静かに呟く。
画面には友だちに囲まれて満面の笑みを浮かべるわたしの写真。この中のひとりによって投稿されたものだ。
思い描いた理想のわたしが、ちゃんとそこには存在していた。
盗聴もSNSの監視も、完璧なわたしを守り抜いていくために必要な作業だ。
それと同時に、理想を追う上では枯れることを知らない承認欲求を満たすために、欠かせない日課でもある。
(……こんなこと、絶対誰にも言えないけど)
褒められるべき行為ではないと分かっていても、確かにわたしの精神安定剤となっていた。
息をつく。いくらか余裕が戻ってきた。
そのお陰で、不審なメッセージやその送信相手のことを意識の端に追いやることができた。
◇
そんなことが、かれこれ3日ほど続いた。
知らないアカウントからのメッセージは絶えず、次第にエスカレートして無言電話までかかってくるようになった。
どこかからシャッター音が聞こえるという状況も変わらず、むしろその頻度は増している。
姿は見えないけれど、確実にそばに潜んでいる不気味な気配。
そのせいで日夜心休まらず、さすがに“完璧”の仮面にヒビが入りつつあった。
「おはよー、円花」
「……あ、おはよう」
登校するなり昇降口で綾音と遭遇した。
気づかないうちにぼんやりとしていたらしく、声をかけられてはっと我に返る。
「どしたの? 寝不足?」
貼りつけた笑顔の裏をあっさりと見透かされる。
心配そうな面持ちの彼女から思わず目を逸らした。
「…………」
正直なところ、限界が近かった。
最近の不可解な出来事を誰かに相談したい。不安を共有したい。
だけど、そうできるような相手がいない。
悩んでいるなんてわたしが弱いみたい。
そんなことも自力で解決できないのか、と幻滅されかねない。
(でも、綾音……だったら)