『秘密にしよう……。今日のことは、誰にも』

 そう言ったのはわたしだったか、結菜だったか。
 ────彼女と別れて帰路につき、猛烈な後ろめたさを抱えながら家へ帰り着く。

 この血まみれの靴下を見られたら終わりだ。慌てて脱ぐと裸足のまま靴を履く。
 そのとき、ちょうど帰ってきたらしい兄と玄関先で出くわした。

「おかえり、円花。早かったな」

「…………」

 ろくに顔も見られず、答えることもできないで、俯いたまま足早に真横を通り過ぎる。

「……おい、円花? 何か顔色が────」

「話しかけないで」

 精一杯、毅然とした態度で言うと、逃げるように自室へ駆け込んだ。
 強く握りしめていた靴下を適当なビニール袋に突っ込み、ひとまずクローゼットの中のチェストの上に置いておく。

(どうにかして、こっそり捨てなきゃ……)

 でも、その前に見られたらおしまいだ。カモフラージュのために服やらバッグやらを上から乗っけておく。
 ぴしゃりとクローゼットを閉めると、深く息を着いた。

 怖くて不安でたまらない。罪悪感で押し潰されそうになる。
 身体中にびっしりと張りつくその念を振りほどくべく、心の内で何度も何度も“ごめんなさい”と唱え続けた。

 兄にも両親にも合わせる顔なんてない。
 自分のためだけに、人を殺してもなかったことにできるような、こんなわたしが、優しく気にかけてもらえる資格なんてない。



 ────それからほどなくして、お姉さんが亡くなったことを改めて知らされた。

 日が経つほどに心苦しさと後悔は増して、それを餌に罪悪感が膨れ上がっていく。
 怖い。苦しい。何をしていても、あの日のことがちらついて。

 いつかバレるんじゃないか。
 そうしたら、日常が壊れてしまう。
 家族みんなに迷惑をかけて、失望させることになるだろう。

 楽しいことや嬉しいことがあっても、気持ちの部分が冷めていった。
 わたしは人殺しだ。その事実がある限り、一生、後悔し続ける。

 逃げて、逃げて、逃げ続けているいま、どうしてこんなに苦しいんだろう。
 間違った選択を“間違っている”と気づいていながら押し通したのは、自分が楽になるためのはずだったのに。

 何があっても時間は止まらない。巻き戻ることもない。
 一度レールを外れたら、あとは傾いて倒れるだけ。二度とまっすぐには走れなくなる。
 やり直しの効かない人生を、間違ったまま進んでいくしかない。

 たとえ元のレールに戻れたとしても、その軌道はぐちゃぐちゃに歪んでいる。
 たったひとつの間違いが、一度の過ちが、何食わぬ顔で平穏を奪い去ってしまうんだ。