もう一度、首を左右に振る。
 ちがう。いじめという事実がなかった以上、その証拠があるわけもない。

 真実は、もっと残酷なものだ────。



     ◇



 いまから3年前のこと。
 わたしと結菜は学年こそちがえど仲がよくて、放課後や休日はよく一緒に遊んでいた。

 “その日”の放課後も、わたしは彼女といた。
 いつもとちがったのは別の友だちも交えていたこと。その日は、その子の家で遊ぶことになった。
 両親が忙しく、その子のことは年の離れた姉が面倒をみているという話だった。

「遊んでもいいけど塾は行かないとだめ、ってお姉ちゃんに言われちゃって……」

「そっか。今日、塾の日なんだ」

「じゃあ遊べないかな……?」

 落胆気味に言うと、その子は「ううん」とかぶりを振る。

「先にうち来て、ふたりで遊んでて。塾終わったらすぐ帰るから」

 どうしても一緒に遊びたいみたいで、今日は諦める、という選択肢を消した。
 わたしと結菜は先にその子の家へ向かい、帰ってくるまで待っていることになった。

「こんにちは」

 家にいたその子の姉はにこやかに出迎えてくれたけれど、すぐさま申し訳なさそうに眉を下げる。

「ごめんね。あの子、何かと理由つけて塾休みがちだから今日は厳しくしちゃった。すぐ帰ってくると思うから、ちょっとだけ待っててね」

 ゆるく巻かれた濃い茶色の髪と白い肌が綺麗な、優しく大人っぽい人だった。恐らく10個くらいは年上だと思う。
 だけど、親しみやすい性格もあって、わたしたちはすぐに打ち解けた。

 一軒家の日本家屋は丁寧に掃除が行き届いていたものの、建物自体が古くて少し怖いような印象を覚えた。
 急な階段や軋む廊下にいちいち身を硬くしてしまう。

「わたし、洗濯とか家事してるけど、適当にくつろいでくれてていいからね。あの子の部屋は2階にあるから。あ、階段気をつけて」

 主がいないのに図々しいのではないかと恐縮したけれど、お姉さんとしてはその方が気楽なのかもしれない。
 その言葉に甘え、結菜とともに2階へ上がる。

 彼女はこの家に何度か来ていて勝手が分かっているらしく、手慣れた様子でその子の部屋へ入っていく。階段を上がってすぐ脇の一間(ひとま)だ。

 ────そこで適当に時間を潰して過ごすうち、わたしはお手洗いへ行きたくなった。
 結菜に場所を聞き、ほとんど部屋の向かいに位置するそこで済ませるとすぐに出ようとしたのだけれど、古くて建てつけが悪いのか、ドアが固くてなかなか開かない。

 ガタ、ガタ、と何度かドアノブを捻り、やっと手応えが消えた。
 力を込めていたせいか、勢いよくドアが開く。

「……あ」

 戸枠の向こうにお姉さんの姿を認めた。次の瞬間、彼女が消える。

 刹那(せつな)、スローモーションになって、また“一瞬”に戻った。
 ガシャン! とまず何かが落ちる。
 何が起こったのか、咄嗟には分からなかった。

 ドタン、バンッ……と段差に全身を打ちつけるような騒々しい音がしばらく響き、最後にドンッとひときわ大きな音がした。
 それきり、信じられないほどの静寂が訪れる。