ふと目が覚めると、柔らかい布団の感覚があった。
涙でぼやけた視界に、心配そうにこちらを覗き込む兄が映る。
どうしてここにいるんだろう。
「円花……よかった」
ほっとしたように表情を緩め、すとん、と椅子に落ちる。
机の方からベッドのそばへ引っ張ってきて、ずっと付き添ってくれていたみたいだ。
わたしの部屋に兄がいるのは何だか慣れなくて、くすぐったいような変な感じがした。
「わたし……」
────一瞬、すべて夢だったんじゃないかと思った。
だけど、起こしてみた身体は相変わらず自分のものじゃなくて、つい落胆のため息がこぼれる。
「平気なのか? 帰ってきたらおまえがここにいるからびっくりしたよ。しかも“倒れた”なんて」
「……若槻に聞いたの?」
「ああ。俺と入れ違いで、どこか出かけていったけど。どうなってるんだ? 入れ替わりのこと、俺が知ってるって優翔くんにもバレてるのか?」
警戒するべく眉を寄せる兄に、分からない、と首を横に振った。
その拍子に、また不意にぶり返してきた涙が膨らみ、瞬くとこぼれ落ちていく。
「……どうした? やっぱり具合悪いのか。それか、どっか痛むとか────」
「ちがう、ちがうの」
案ずるように身を乗り出す兄に、再びかぶりを振ってみせる。
ぎゅう、と思わず手に力を込めると、握りしめた布団に寄ったしわが渦巻くようによれた。
「……ぜんぶ、思い出した」
途切れそうになる声を、震えても無理やり押し出す。
兄が息をのむ気配があった。俯いたままでも何となくその表情に想像がつく。
「────じゃあ、聞かせてくれるか」
ややあって返ってきた兄の声色は、諭すような優しいものだった。
わたしは視線を落としたまま黙り込んでいた。頷く代わりに。
「…………」
長い沈黙が落ちた。
涙の気配が一旦遠のいても、口が重たくてなかなか言い出せない。
兄もまた何も言わず、どこか緊張気味にこちらを見つめていた。
決して急かすことなく、わたしがタイミングを掴むまで待ち続けている。
「わたし……ううん、わたしたち」
閉じ込めていた記憶にかかる霧が晴れていく。
青ざめて震える“彼女”の横顔が、足元に広がる血溜まりが、現実を切り裂いた。
「人を、殺した」
顔を上げて、兄を見返す。その告白はあっけなく虚空に吸い込まれた。
兄の双眸が困惑したように揺れ、怪訝な面持ちになる。
意味が分からない、というように。
「……なに、言ってるんだよ。冗談言ってる場合じゃない。俺が聞きたいのは、おまえが優翔くんの妹にしてたっていういじめの話で────」
「してない。いじめなんてしてない……! わたしは、結菜とは友だちだった」
「え? でも……じゃあ、あの箱の中身は? いじめの証拠じゃ……」