適当な言い訳をしながらも、カーディガンをはじめベッドの端や椅子の背に放置していた服を回収していく若槻。

 ────許されたわけでは、きっとない。仲良くする気もないだろう。
 元に戻る気配も相変わらずないし、過去だって不確かなまま。

 何が変わったわけでもないけれど、昨日より一歩だけ前へ進んだような気がする。

 彼と分かり合う未来なんて最初から期待していない。
 それでも、今日の選択を後悔することはないだろう。
 散々傷ついて、傷つけたけれど、不思議と嫌な気はしなかった。

 服をハンガーにかけるため、クローゼットを開ける。
 そのとき、ふとチェストの上に置いてあるものが目に留まった。

 ビニール袋に入っている、白色の靴下。中学校の校章の刺繍が施されている。

「これ……」

「ああ、忘れてた。聞こうと思ってたんだ。それ、きみの?」

 ビニール袋ごと手に取って何気なく裏返した瞬間、衝撃に心臓を貫かれた。
 褪せてはいるけれど血まみれだ。
 若槻の口にした“それ”が単に靴下のことではなく、この血を指しているのだと気がつく。

「どうしてこんなものがあるの?」

 声が耳元を通り過ぎていく。血に釘づけになったまま、身体が動かなくなった。
 全身が小さく震える。悪寒の這った肌が粟立つ。

「……っ」

「茅野?」

 不安定な呼吸が浅く速くなっていく。
 瞬きを忘れた瞳がゆらゆらと揺れるのを自覚した。

 割れるような頭痛が響く。
 たまらず袋を取り落として頭を押さえると、目眩を覚えてたたらを踏んだ。

 不鮮明だった記憶の断片がどこからかあふれ出し、繋がっていく────。

(……思い、出した)

 過去を頭の奥底に封じ込めた本当の理由。
 覚えていなかったわけでも、思い出せなかったわけでもない。
 忘れたくて忘れたんだ。
 あの頃のこと。結菜とのことも、ぜんぶ。

「わ、たし……」

 ひび割れた声がこぼれ落ちる。

 ────あのことは秘密にしてください。

 遺書に記された一文が直接頭を殴りつけてくるようだった。
 許されないことを、した。
 “あのこと”が指す当時の光景が蘇ってくると、ふっと足から力が抜ける。

「茅野!」

 混乱しながらも咄嗟に支えようとしてくれたのだと思う。若槻の手が背中に回された。
 だけど、非力なわたしの身体では、彼自身を支えきれなかった。一緒に崩れ落ち、床に膝をつく。

「急にどうしたんだ……? おい、茅野────」

 その腕の中におさまりながら、余裕のない若槻の声を聞いた。
 視界が霞み、音が遠のいていく。
 触手(しょくしゅ)のような黒い影に視界が覆われていき、わたしは意識を手放した。