その双眸(そうぼう)に捕まった瞬間、逸らせなくなった。
 笑っているのに、目の奥には強い感情が(たぎ)っていて、逃がしてくれない。

「それどころか汚点……だから、頭の奥底に閉じ込めて、なかったことにしてのうのうと生きてる。いくら取り繕ったって、過去は消えない。完璧になんてなれるわけがないのに」

 若槻が立ち上がった。
 この状態ならわたしの方が背が高いはずなのに、まるで高いところから見下ろされているような気がした。
 非難と蔑みと呆れと、怒りと憎しみと嫌悪……込められたものがあまりに深く鋭くて。

「思い知ったでしょ、小谷さんに言われて。きみのすべては虚像(きょぞう)だったんだよ。ひとりよがりで無意味な幻想」

 ────友だちだと思ったことなんか一度もない。
 あのとき並べ立てられた綾音の台詞はあくまで演技(うそ)だったとはいえ、返す言葉もなかった。

 わたしは完璧で、欠点なんかなくて、だからほかの誰より優れていると信じていた。輪の中心にいるのは当たり前だと思っていた。
 若槻の言う通り、すべて虚像だったのに。

 わたしには「いま」しか見えていなかった。
 過去なんて過ぎたことで、封じ込めて忘れてしまえば無関係な“通過点”でしかなくて。

 汚点、というのは言い得て妙な言葉だった。
 そう思っているからこそ、わたしは過去から目を背け続けてきたんだ。
 若槻に出会わなければ、入れ替わらなければ、そんなことはきっと考えもしなかったし、思い出す気にもならなかった。

 見たくないもの、向き合いたくないことから、ずっと逃げてきた。
 ぜんぶ、自分のためだけに。

「ごめん……。ごめん……っ」

 必死に絞り出した声は詰まって掠れた。
 喉の奥が締めつけられて、目の前が揺らぐ。

 泣いている場合じゃないのに。
 何度口にしても足りないこの言葉を、それでも伝え続けなきゃならないのに。

「……いい、もういいから。それ以上は」

 若槻に遮られても、涙が止まらない。
 震えるほど不安定な呼吸を繰り返すわたしを見かねて、箱ごとティッシュを差し出してくれた。

 何枚かまとめて取り出したそれを鼻に押し当てる。
 視線を背けたままの“わたし”を見つめた。

 憎いはずのわたしの言葉を聞く気になったのは、わたしが彼の容貌(ようぼう)をしていたからかもしれない。

 いずれにしても、わたしはあまりにも弱くて自分勝手だ。
 ぜんぶ若槻の言う通り。いくら“完璧”を取り繕ってみても、中身が全然伴っていない。空っぽなまま。

 現に中身が別人になっても、ほとんどの人は気づいていない。
 それくらい、わたしという存在は曖昧で無価値。
 完璧な人気者、なんてレッテルはただのうぬぼれだったと証明された。