「ごめん……。謝って済むことじゃないけど、結菜ちゃんにも謝りたい。謝り続ける。聞こえてなくても、それ以外に償う方法が分からない」

 泣きそうになって、声が震える。

 過去をはっきりと思い出せてはいない。
 あの曖昧な記憶の断片のほかには、結局何も蘇ってこなかった。

 ただ、状況証拠から“いじめ”に結びつけ、わたしが彼女を追い込んだんじゃないか、と推測したに過ぎない。
 けれど、きっとそうなんだ。“やった側”が無責任にも覚えていないだけで。

「同じ目に遭えって言うなら、甘んじて受け入れる。結菜ちゃんの代わりに、あんたの気が済むまで痛めつけてくれていいから。いまさら反省したって遅いのに……いまさら気がついた。最低だね、わたし」

 俯いて落とした視線の先が歪む。唇を噛んでもこらえきれなかった涙が落ちていった。
 泣く資格すらないのに、これは何の涙なんだろう……。

「……とりあえず、入りなよ。きみのうちだけど。そのみっともない顔で出歩かれても困るし」

 頭ごなしに激しく罵られることも覚悟していただけに、その声は意外と冷静で優しく聞こえた。
 そのことになぜかまた涙があふれてしまうと、若槻は前が見えなくなったわたしの腕を引いてくれた。

「涼介さん、出かけてるみたいでよかった。面倒なことになりそうだったから」

 ────部屋へ着いた頃には少し落ち着きを取り戻していた。
 脱ぎっぱなしの服や置きっぱなしの教科書で散らかっているのが気にかかるくらいには。

 ベッドに腰を下ろす若槻に対し、わたしはドアの前から動けない。
 自分のしたことを思えば、土下座しても足りないだろう。
 対等じゃない、という彼の言葉が頭の真ん中に居座る。ようやく自分の立場を理解した。

 若槻の抱えてきた恨みも、憎しみも、悲しみも、痛みも、そのすべてに疑いの余地はなかった。
 苦しいほど胸を締めつけてくる。

「…………意外だった」

 長く落ちていた沈黙を若槻が破った。
 重くまとわりつくようだった空気が少し薄くなる。

「きみがそんなふうに……素直に認めて謝ってくるなんて」

 わたしの言葉をどう受け止めるべきか分からない、という戸惑いが覗けた。
 冷静というより、怒るにしても罵るにしても、まだ事態を掴みきれずに、感情が置き去りになっているだけだと分かった。

「……本当は、思い出せたわけじゃないんだ。ただ、あの遺書を見たら……」

 そのことは、黙っていれば許された可能性はある。だけど、そんな卑怯者にはもうなれなかった。
 たとえ許されなくても、正直に向き合うことだけが、彼にできる唯一の贖罪(しょくざい)だ。

 ややあって、ふ、と若槻が笑った。
 鼻先にかけるような冷たい笑い方だった。

「────なんだ。やっぱり、きみにとってはどうでもいい過去なんだ」