「あれは甘えてるんだよ。円花って、完璧にこだわるあまり、外では誰にも弱み見せられないから……。本当は辛そうで、痛々しいなと思ってたんだけど」

「……うん」

「涼介さんと一緒にいる姿見て、なんていうかほっとした。決して“いい子”でも“完璧”でもないかもしれないけど、唯一気を抜ける相手だと思ってるんじゃないかなぁ」

 (きょ)をつかれたように涼介は言葉を失う。
 そんなふうに考えたことなど、これまで一度もなかった。

「あたしも円花にとってそんな相手になれたらいいな。……なんて」

 少し照れたように綾音が笑う。
 なれるよ、なんて気安く返すことはできなかったが、実際そうなりつつあるのではないだろうか。

 入れ替わったことで余裕を失ったせいか、円花は綾音に対しても随分気を緩めて接するようになった。

 けれど、それは必ずしも悪い変化ではない。
 そもそも完璧がいいなんて考え自体、円花が自身にはめた重い(かせ)でしかないのだ。
 あるいは大きな檻────自分でつくった檻の中に閉じ込められて、出られなくなっている。

「ん……?」

 再びアルバムに目を落としていた綾音が眉を寄せる。
 はたと涼介の意識も現実へ引き戻された。

「どうかした?」

「これ────」

 綾音は信じられない気持ちでそのページをまじまじと眺める。
 クラス写真の中に、予想だにしない人物を見つけた。



     ◇



 我に返ったとき、わたしは家の前にいた。
 “茅野”と表札の掲げられた洋風の一軒家。見慣れているはずなのに、何だか久しぶりで懐かしい。

(いつの間に、ここに……)

 自分の内側に気を取られるあまり、まるで周囲が見えていなかった。
 いまのわたしがここへ来たって、居場所なんかないのに。

「……あ」

 ふと聞こえた声の方を向くと、足を止める若槻の姿があった。
 きっと病院の帰りだ。そこに鉢合わせてしまったみたい。

 見た目はわたしでしかないのに、その顔を認識した途端、結菜ちゃんと重なった気がした。
 病室で見た彼女の姿、あの箱に詰められた過去の片鱗、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。濁って、渦を巻く。

「ごめん……なさい」

 ひとりでに言葉がこぼれ落ちていった。

「……え」

「クローゼットから見つけたの。結菜ちゃんのもの」

 少し目を見張った若槻は、それから「ああ……」と顔ごと背ける。
 眉根にきつく力を込めている割にゆらゆらと瞳が揺れていて、怒っているようにも戸惑っているようにも見えた。