焦りから口走ったことは、けれど事実だ。
 うっとうしいくらいに過保護だった兄に(おとし)められたように思えて、余計頭に血が上る。

 若槻や兄の言葉を認めたら、わたしに非があることになる。
 わたしの潔白が、完璧さが否定される────。

「覚えてない、覚えてない、って言うけど……そもそも思い出そうとしたのか? ちゃんと」

「したよ! 手がかりがないか家中探したし、妹に会いに行ったのもそのためじゃん」

 結局、見つかったのはクローゼットの中の卒業アルバムだけだ。
 それだって手がかりと呼べるほどじゃない。

「……あ」

 いま、クローゼットの様子を思い出して不意に思いついた。
 綾音が「どうかしたの?」と首を傾げる。

「箱の中、見てない。もうひとつの方の」

 確かに家中を見て回ったけれど、そういえばその箱だけは失念していた。

 急激に温度が下がっていき、冷静さを取り戻す。
 目的を見失っていた。大事なのは空白の過去を思い出すことだ。

『あのさ、勘違いしないでくれる? 僕たちは対等じゃない。自分の立場を忘れない方がいいよ』

 ……たとえ、わたしのすべてを否定するものであっても。
 変えられない過去は受け入れるしかない。



 クローゼットを開けてみる。
 手つかずの箱は、例の物騒なものが詰め込まれたダンボールの横に変わらず鎮座(ちんざ)していた。

 けれど、蓋をしているガムテープが途中まで刃物か何かで裂かれている。
 ────あの夜、わたしを誘拐した兄が開けようとして、その前にわたしが意識を取り戻したから、何となくそのままになっていたんだ。

 3人で箱を囲むと、カッターナイフで慎重にテープを切った。
 一度小さく深呼吸をしてから、蓋を左右に開いてみる。

「これ、って……」

 中身は結菜ちゃんにまつわるもの一切、といった具合だった。
 彼女のものはこのダンボールにひとまとめにされていたみたい。

 一番上に乗っていた小学校の卒業アルバムを取り出すと、その下にあったものを見て息をのむ。

「……何これ」

 綾音が困惑気味に呟く。わたしも、恐らくは兄もまったく同じ心情だった。

 畳まれていても分かるほどぼろぼろになった中学校の制服。
 はさみで切り裂いたようにところどころ破れている。

 上履きもまた、ひどいありさまだった。
 余白が残らないくらい、油性ペンで落書きがされている。どれもこれも、悪意に満ちた悪口ばかり。

「いじめ……?」

 強張った声で兄が言う。
 その結論はきっと、誰の目から見ても大いに的を射ていると思う。
 その単語が頭をよぎったあたりから、何だか胸騒ぎがおさまらない。

「ねぇ、何かある」