────病院を出ても、若槻の厳しい声が耳の中でこだまし続けていた。
 頭から離れない。あれほど余裕を失ったところ。“わたし”越しに向けられた、拒絶。

 重たい足取りで歩いた。
 若槻の妹という手がかりになりそうな存在が空振りに終わった落胆と、彼女の状態に対する衝撃と、若槻の態度への動揺、すべてにかき乱される。

『……きみのせいだ』

 何よりその言葉の意味が、分かってしまった。
 気づかないうちに思考が侵食され始めて、目眩を覚える。

 ブゥン、と真横を車が通り過ぎていった。はっと我に返る。
 数メートル先の路肩(ろかた)に寄って停まったのは、見覚えのある黒色のコンパクトカー。兄のものだ。

 あ、と思っているうちに助手席の窓が開き、綾音が顔を出した。

「円花!」

 人懐こい笑顔で手を振られるけれど、即座に反応を返せない。

「円花の様子見に優翔くんの家行こうと思ったら、たまたま涼介さんとばったり会ってさ。これから一緒に行くとこだったんだけど……って、どうかしたの?」

「……あの、ね────」

「ちょっと待て、おまえも乗れ。話はそれからにしよう」

 運転席の兄に促され、口を噤むと大人しく後部座席に乗り込む。
 何も言わずに動き出した車はきっと、当初の予定通り若槻のマンションへ向かっているはずだ。

 妙な沈黙が落ちていた。
 わたしが口を開くのを待っている気配があったけれど、何から話せばいいのか分からなくなって黙り込んでしまう。

「……そういえば、円花はどこ行ってたの?」

 綾音が気を利かせてくれたお陰で糸口が見えた。
 わたしは視線を落としたまま答える。

「病院。菅原くんから若槻の妹の話を聞いて……長いこと入院してるらしくて。会って話せば、昔のこと思い出すヒントを掴めるかもって」

「あー、あのとき見かけた優翔くんは、お見舞いに行ってたってことか。それで、菅原の言うこと信用したの?」

「そうじゃないけど、そんな嘘つく意味もないし。ちょっとでも手がかりになりそうなら、食らいついてみるべきかなって」

 期待は見事にすべて打ち砕かれた。いや、そうとも言いきれないのかも。
 ────わたしを待ち受けていた悲惨な現実の全容を、ふたりにも伝える。