不意に声をかけられる。
 一瞬、反応が遅れてしまったけれど、振り向いた先には看護師が立っていた。母親くらいの年代の優しそうな女性だ。

 優翔くん、と呼んだということは知り合いなんだろうか。

「えっと……」

結菜(ゆいな)ちゃんのお見舞い? いままで毎日来てたけど、何かちょっと久しぶりね」

 ふと看護師が横の扉に目をやった。
 つられてそちらを向くと“若槻結菜”というネームプレートが掲げられている。

 どきりとした。
 間違いない。若槻の妹だ。ここが、彼女の病室なんだ。
 その名前を聞いたとき、ざわ、と心がさざめいた。

「忙しかったのかしら。そりゃ大変よね、優翔くんもまだ高校生だもんね」

「あ、その……まあ、ちょっと」

「でも、代わりにここのところ毎日お見舞いに来てる女の子がいるけど、もしかして彼女さん?」

 曖昧に苦笑すると、続けざまにからかうような笑みを向けられて言葉に詰まる。
 “わたし”のことだろう。

 顔見知りの看護師がいるのに、わたしには何も言わず、自分ひとりでお見舞いを強行するなんてよっぽどだ。
 よっぽど、妹さん────結菜ちゃんのことが大切で、よっぽどわたしのことを信用していない。

「あの────」

 会う前に少しでも情報が欲しくて、せめて結菜ちゃんの容態を尋ねようとしたところ、別の看護師の「鈴木(すずき)さーん」という声に遮られてしまった。

「はーい、いま行きます」

 声をかけてくれた看護師は、そう応じてからわたしに向き直る。

「結菜ちゃん、今日は安定してるよ。それじゃまたね、優翔くん」

 手を振って踵を返し、返事を待たずに行ってしまう。さすがに引き止めるのは気が引けた。
 病室の前にひとり取り残されたわたしは、一度深呼吸をする。

 何だか緊張していた。
 若槻の妹に会うことそのものになのか、どう接すればいいのか分からないからなのか、あるいは過去と向き合うことに対するものなのか……ぜんぶかもしれない。

 いずれにしても、彼女と話せば得られるものがあるはず。
 覚悟が鈍らないうちに、と銀色の取っ手に手をかけた。

「おい……っ」

 焦ったような、(とが)めるような、そんな声が飛んできて反射的に動きを止める。
 顔を上げると、つかつかと歩み寄ってきた誰かに手を掴まれていた。