だけど、だからこそ正直に責めたり露骨に衝突したりするのは避けたかった。
 あえて直接尋ねたりはしない。
 彼がどんな動機で動いているとしても、それこそ何をされるか分からないから。

『でも、だからこそだよ。下手に刺激しないように合わせてるんだ』

『……え?』

『あの手のタイプは、粘着質で何をしでかすか分からなくて危険でしょ。こじらせれば刺されるかもしれない』

 いつかの若槻の判断が、いまになってようやく理解できた気がする。
 彼も綾音のように、そしてわたしのように、菅原くんの動向を慎重に窺おうとしていたのかも。

「……気が変わったんだ」

 わたしは端的(たんてき)に答える。
 もう惑わされたくないし、騙されたくない。
 適当に合わせ、適当に遠ざけ、適当に利用してやればいい。下手(したて)に出る必要なんてない。

「それで来なかったんですか?」

「そうだよ。またふいにして、二度とチャンスが巡ってこなくなったら困るもん。もっと慎重にいくべきでしょ」

「……まあ、そうですね」

 わたしの嘘に、菅原くんは一応納得したように頷くけれど、腹の底が全然見えない。
 もしかすると、また別の企みがそこにはあったのかもしれなかった。
 肩透かしを食らって落胆している可能性はある。

「じゃあ、休戦ですか。しばらくこのまま」

「仕方ないよ、簡単には戻れそうもないし。だから一旦受け入れて、ちゃんと向き合ってみなきゃ」

 過去に。そして、若槻に。

 その答え自体は紛うことなき本心だった。
 元に戻る、戻らないに関係なく、一度真剣に考えてみなくちゃならない。
 こうなって思い知らされた以上、それはわたしの義務だから。

「……って言っても、既に行き詰まってるんだけど」

「────あの」

 肩をすくめると、おもむろに菅原くんが口を開いた。

「手がかりになるかは分かんないんですけど、俺の知ってること話しますよ。若槻先輩について」

 思わぬ言葉に、つい警戒を忘れて前のめりになる。
 彼は相変わらず感情の変化を見せないまま、滔々(とうとう)と語り出した。

「……先輩は早くに両親を事故で亡くしてるんです。ひとつ下に妹さんがいるんですけど、彼女も長いこと入院してて」

 菅原くんの声がわずかに色を帯びる。
 わたしは瞳が揺れるのを自覚した。

 まったくの予想外で、正直に動揺してしまう。
 凄絶(せいぜつ)で孤独なその片鱗(へんりん)を、彼はこれまで微塵(みじん)も覗かせなかったから。

「入院費とかは、いまは遠方に住まう祖父母が出してくれてるらしいんですけど、生活費はこうして自分で(まかな)ってるんですよ」

「……知らなかった。でも、そっか。病院はそういうことか」

 恐らく妹のお見舞いに行っていたのだろう。顔色が悪かったのはその心労のせいかもしれなかった。

(わたしの姿でも会いにいくなんて……よっぽど妹思いなんだ)

 そのことを教えてくれていたら、わたしが彼のふりをして一緒に行ったのに。
 不自然さも(かえり)みないくらい、妹が大切な存在なんだろう。