図星を突かれてどきりと心臓が跳ねる。
 若槻の口元にはおもしろがるような笑みが浮かんでいた。さすがに冗談のつもりなのだろう。

「……まさかね」

「僕の身体なんだから、もっと大切に扱ってくれる?」

 分かってるよ、とおざなりに答えようとしたとき、不意に再びドアが開いた。
 軋むような音につられてそちらを向くと、そこには不機嫌そうに口を曲げる乃愛がいた。

(げ……)

「先輩!」

 見つかった、と慌てるわたしに歩み寄ってくるなり腕を絡めてきた。
 彼女は憎々しげに“わたし”を()めつけている。

「茅野先輩……。あたしの若槻先輩に近づかないでください」

「え、ちょっと……乃愛ちゃん? わ、僕がいつきみのものになったの?」

 いつもやけに距離が近いけれど、事前の情報では、若槻と乃愛は恋人関係ではなかったはずだ。
 乃愛が一方的に重い好意を寄せているだけであって。

「そうだよ、乙川さん」

 意外なことに若槻がフォローしてくれる。珍しく意見が合致したようだ。

「彼が勘違いさせるようなこと言ったならごめんね? でも、彼はわたしのものだし、わたしは彼のものなんだ」

 ────と思ったら、火に油を注いだだけだった。しかもある意味、間違ってはいない。

(ばか。なんてことを……)

 わなわなと身を震わせる乃愛と、おろおろと狼狽えるわたし、それぞれを眺めて若槻は声もなく笑う。
 完全に面白がっていた。

「……最っ低、この性悪。いまに思い知らせてやる」

 やがて乃愛から発せられたのは、普段の猫なで声からは想像もつかないほど低く、怒りや嫉妬に満ちたものだった。

 嫌な胸騒ぎがする。この場合、乃愛に何かされるとすれば“わたし”なんだ。
 若槻はもしかすると、それを分かった上で文字通り捨て身の挑発をしてみせたのかもしれなかった。

 行きましょ、と乃愛に引かれて歩きながら思う。
 何度か目の当たりにしてきた、彼女の悪意と敵意。
 それらもきっと、わたしのままじゃ気づけなかったことなんだろう。



     ◇



 放課後、バイト先のカフェで菅原くんと顔を合わせた。
 例によって客の姿のない閑散とした店内で、以前のように窓際の席のテーブルを囲む。

「……大丈夫ですか」

 彼の黒々とした双眸(そうぼう)が心配そうにわたしを捉えた。

「待ってたけど、歩道橋に来なかったから。メッセージも無視だし、電話も出てくれないし」

 それは、綾音の言葉を受け、菅原くんへの不信感が募って、最大限の警戒をしておくことにしたからだ。

 彼が嘘つきな裏切り者なら、もう何も信用できない。
 何を考えているのかさっぱり分からない。