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 学校へ着くと、ぎゅう、と強く左腕をつねっておいた。案の定、痛みは感じない。
 教室へ鞄を置き、乃愛に捕まらないうちにさっさと屋上へ出て待っていることにした。

 ほどなくして、背後でドアが開く。
 思った通り“わたし”もとい若槻が現れた。

「乱暴だな……。直接声かけてくれればいいのに」

「話してるとこ見られたくないから」

 大げさに腕をさすって文句を垂れる彼に淡々と返す。
 乃愛に、そして菅原くんに、という意味だ。

「まあいいけど。それで、何か用? お望み通り、完璧に完璧なきみを演じてるけど」

 嫌味な言い方だけれど、きっと嘘はないのだろう。
 綾音には気づかれていたものの、それは若槻に原因があったというより、彼女が日頃いかにわたしをよく見てくれているかの証明だった。

「……病院に、何しにいってたの?」

 単刀直入に本題へ切り込むと、ふと若槻の顔から笑みが消える。

「あんたを病院で見かけたって人がいるの」

「……なんだ、それだけ? 怪我の経過を診てもらいにいってただけだよ。階段から落ちたときの」

「そんなの……何日前の話よ。あんな怪我、とっくにかさぶたになって治ってるでしょ」

「きみの身体に傷を残したくないから」

 心にもないことを、なんて純真な微笑で言ってのけるんだろう。唖然とする。
 彼を知らない頃のわたしならきっと騙されていた。

「話は済んだ? それじゃ、戻るから」

「待って」

 さっさと踵を返す若槻を引き止めたのは咄嗟のことだった。
 だけど、まったく衝動的だったわけじゃない。

「……顔色、悪いよ。体調悪いんじゃないの?」

 ここへ姿を現したときから気になっていた。
 何となく血の気のない顔色は白っぽくて、疲れているように見えた。

「……だとして、それは僕じゃなくてきみの身体の話だけどね」

「え……。まさか、わたしが病気だって言うの?」

「だったら、よかったのに」

 無遠慮かつ容赦のないひどい言いようだ。なんて不謹慎な。
 けれど、腹を立てるより怪訝な気持ちが(まさ)った。

 若槻の様子が明らかにおかしい。
 “病院”と口にしただけで、その時点で反応を示していた。
 (しら)を切るには答えるまでに時間をかけすぎて、中途半端な弁解になったんじゃないだろうか。

「────そういえば」

 若槻がこちらを振り返る。いささか余裕を取り戻したようだった。

「昨日の夜、背中にものすごい痛みを感じたんだ。電気が走ったみたいに、しばらく痺れてた。まさかとは思うけど、スタンガンでも食らわされた?」