「でも……若槻くん、後輩の女の子と一緒だったよね。あの子、彼女じゃないの?」

 言葉の端が引きつるのを自覚しながら尋ねた。
 ふんわりと巻かれたツインテールのよく似合う、かわいらしい子だった。

「ああ、よく話すけど彼女じゃないよ」

「……そうなんだ」

 自分でも驚くほど素直にほっとしてしまった。
 早くもわたしの気持ちが彼に攫われつつあるのか、あるいは自分自身の思惑のためか分からないけれど。



「────ねぇ、茅野さん」

 他愛もない話をしながら、岐路(きろ)である歩道橋にさしかかったとき、ふと改まった様子で呼ばれる。

「またこうして一緒に帰らない?」

「……うん、もちろん」

 頷いてみせると、彼はほどけるような笑顔をたたえた。

「じゃあ、また。気をつけて」

「ありがとう。若槻くんも」

 不思議と満ち足りたような心持ちで手を振り、お互いに背を向ける。
 内側から小槌で刻むような心音が直接耳に届いていた。

(若槻くん、いい人だな……)

 態度も言動も大人びていて紳士的、それでいて素直で優しいからすごく親しみやすい。
 友だちを含め、女の子たちがあれほど騒ぐのにも頷けるような気がする。

 でも、とはにかむ彼の表情を思い返した。

『……実は僕、ずっと気になってたんだ。茅野さんのこと』

 期待してしまうのはわたしの方だ。
 この調子だったら、顔を合わせるたび距離が縮まっていくんだろう。

 それに身を委ねてみたい、と思った。
 彼との時間はあまりに心地よかったから。

 ──カシャ

「……え?」

 思わず足を止めた。
 唐突に空気を裂いた無機質なシャッター音に、反射的に身が強張る。

(なに……?)

 閑静(かんせい)な住宅街で、ほかに人影は見当たらない。
 だからこその不気味さが一気にわたしの体温を奪い、不安を煽っていく。

(もしかして、さっきのメッセージの……)

 ぞく、と肌が粟立(あわだ)った。
 隙のない視線がすぐそばから注がれているような気がして、鞄を持つ手に力が込もる。

(……いやいや、まさか。あんなのただのいたずら────)

 コツ、と不意に背後から聞こえてきた硬い靴音。
 思い直そうとした瞬間に出鼻をくじかれる。

「!」

 誰かいる。
 耳に届いた瞬間、わたしは弾かれたように歩を踏み出していた。
 振り返る度胸はさすがになくて、得体の知れない存在から遠ざかるべく足早に歩いていく。

 気のせいかもしれない。そうだったらいい。
 けれど、先ほどのシャッター音がその誰かに盗撮されたものだったとしたら……。