小さく呟いてから、思う。
 わたしはこれまで、どれほど傲慢(ごうまん)だったんだろう。

 いまの話も、菅原くんの話も、わたしひとりでは知り得なかったことだ。
 (わたし)を守ろうとする兄の強い覚悟も、わたしのままでは気づけなかったかもしれない。

 “完璧”なわたしは、周りを見下して大切にしてこなかった。
 若槻に対してもそうだ。だから真剣に取り合わなかったし、甘く見ていた。

 入れ替わってから降りかかってきた問題を、ひとりで解決できたことなんてない。
 自分を過信していたんだと、突きつけられた。

「……ごめん。ごめんね、ふたりとも」

「え、どうしたの」

「わたし、何も分かってなかった」

 喉の奥が締めつけられて、思わず唇を噛んだ。
 俯きかけたとき、ふわりと小さな風が起こる。気づけば綾音に抱きしめられていた。

「円花」

 耳より少し後ろの方で声がする。

「あたしね、気づいてたよ、盗聴器」

「え……」

「ほかに仕掛けられてる子たちの顔ぶれ見て、犯人は円花だって分かった。ああ、信用されてないんだなって、怒るより先にショックだったよ」

 綾音がどんな顔をしているのか、わたしからは見えなかった。
 いまさら言い訳を並べ立てるほどの図々しさはないけれど、瞳の中でひとりでに涙が膨らんでいく。

「でも知らないふりしてた。円花の方からちゃんと話して欲しくて。あたしから言ったら、()()()円花を見失いそうで」

 そっとわたしを離した綾音は、息をのむほど優しく微笑んでいた。

「あたし、円花が初めて声かけてくれた日のこと、はっきり覚えてる。陰口も空気もものともしないで、ひとりぼっちのあたしに話しかけてくれたよね」

 考えがあったわけじゃなかった。“完璧”ゆえの打算的な思惑も。
 ただ、気がついたら綾音に声をかけていて、それをきっかけに仲良くなって。

『それ、かわいいね! そのキャラ、わたしも好きなの』

 天然で子どもっぽいだとか空気が読めないだとか、彼女を知るほどに的外れな陰口としか思えなくなった。
 だって、綾音はこんなにも友だち想いで優しい────。

「あのときの円花の笑顔は本物で、本当に眩しかった。完璧なんかじゃなくても、あたしは円花が大好きなんだよ。一番の親友だから」

 涙がひと粒、こぼれ落ちていった。火が灯ったように心があたたかい。
 綾音が泣き笑いのような表情で頬を拭ってくれる。

 本当の自分を見失っていたのはわたしだった。
 いまなら分かる。“完璧”だともてはやされるたび、綾音があえて水を差していた理由が。

 これもきっと、わたしのままじゃ気づけなかった。



     ◇



 ────茅野先輩のこと、嫌いでしょ。

 菅原くんが、綾音に言ったという。

 ────それでも、自分のために我慢して一緒にいる。結局、自分のことしか考えてない人間が得をするんですよね。だから……自分の望みに忠実になった者勝ちですよ、小谷先輩。

 足をすくわれる覚悟はしてないといけませんけどね、と。

 それからしばらく、その言葉が頭から離れなかった。