だけど、昨晩は結局、兄が現れたことで失敗した。
 それが菅原くんの指図だったなら、提案した張本人である彼に阻まれたということになる。

「何が目的なの……?」

「分かんないけど、あんまり信用しない方がいいんじゃないかな。円花の味方みたいなふりして、裏切ったんだったら」

 結局、綾音も彼の意図を掴むことはできなかったみたいだ。
 裏切った、という言葉がやけに重々しく心に落ちてきた。
 裏切り者、と投げかけた自分の言葉と混ざり合う。彼は正真正銘の裏切り者だった?

 本当の狙いは何なのだろう。
 こうして今日のように、兄が明らかな敵意をもって“若槻”を襲うことまで見越していたのなら、背筋が凍りそうになる。

「ねぇ、ところで優翔くんとはどういう話になってるの? もうずっとこのままなの?」

 そう尋ねた綾音の表情は不安気だった。
 わたしは一度俯き、顔を上げる。

 この際、すべて話してしまおうと思った。
 入れ替わっている、というネックの部分を隠す必要がなくなったお陰で、頼ることへのハードルが取っ払われたから。

 ────若槻の本性や、過去の出来事をきっかけに恨まれていることを、包み隠さずふたりに伝える。
 肝心の昔の記憶は曖昧で、わたしには身に覚えがないということも。

「お兄ちゃんは何か知らない?」

 ごく自然にそう呼びかけて、話しかけていて、自分でも驚いた。
 兄とまともに会話したのはもう随分前のことのように思う。

 何となく気恥ずかしさを感じるけれど、兄の方は特に気にとめることなく「そうだなぁ」と記憶を辿っているようだった。

「おまえから優翔くんの名前を聞いたことはない気がする。あってもこうして忘れてるくらいだから、ふたりが仲良くしてたような覚えはないな」

「まあ、兄妹って言っても何でも把握してるわけじゃないからね。涼介さんの知らないところで、ってことはあるんじゃない?」

 ただ、はっきりしたのは、兄を交えて考えてみても過去への手がかりはないということ。
 だけど、と床を眺める。

 ダンボールに詰め込まれていた物騒な代物は、やっぱりわたしへの復讐とやらのために用意されていたもののように思えてならない。
 “こんなこと”がなくたって、もともと若槻はわたしを襲うつもりだったはず────。

「……そういえば」

 ふと思い出したように綾音が口を開いた。

「この前、病院の近くを通りかかったとき、円花のこと見かけたんだよね」

「え」

「正確には、円花の見た目をした優翔くんかな。そのまま病院に入っていったの。声かけなかったからどうしたのかは分かんないけど」

「そうなんだ……」