きみがわたしを××するまで


「親友だからに決まってんでしょ」

 朗々(ろうろう)と彼女は答える。
 手足が自由になっても、まだ力は入らない。

「無事でよかった。円花」

 瞬きも呼吸も忘れて、向けられた優しい微笑を見つめ返すことしかできない。

(いま……“円花”って?)

 耳を疑った。
 だけど、聞き馴染んだその響きを聞き間違うはずもなければ、綾音が訂正する気配もない。

「円花……? どういうことだ?」

 意味を理解する前に、兄が怪訝そうに口を挟んだ。
 綾音はため息をつくと、呆れたような表情を浮かべる。

「まったく……。妹を溺愛してるくせに気づかないなんてね」

「え?」

「優翔くんが円花で、円花が優翔くんになってるんだよ。ふたりは入れ替わってる」

 優翔くん、の部分でわたしの肩に手を添えた。
 兄の驚いたような、不可解そうな眼差しがこちらに向く。

 だけど、混乱しているのはわたしも同じだった。
 兄とは別のところで。

「綾音、何でそのこと……」

「あたしが気づかないと思った?」

 無邪気で得意気な笑顔をたたえる彼女は、わたしのよく知っている綾音そのものだった。
 だからこそ、今朝の冷たい笑みと言葉が記憶の中で浮き彫りになって困惑が拭えない。

「でも、綾音はわたしのこと嫌いなんじゃ……?」

 わたしと仲良くしていたのは兄に近づくため、それだけだったはずだ。
 もしかするといまも、わたしを助けるふりをして兄の好感度を上げようとしているのではないか。

 そんな猜疑心(さいぎしん)に苛まれるけれど、それは綾音の次の言葉で霧散(むさん)した。

「あんなの嘘に決まってるって。そもそも、あたしが涼介さんのことが好きだなんていつ言ったの?」

「えっ!?」

 前提をひっくり返すような事実だった。
 あまりに驚いて二の句が出てこない。

 色々な意味で混乱するわたしと兄をそれぞれ見やると、綾音は姿勢を崩して座り直した。

「順を追って話すよ。涼介さんも聞いて」

 ────異質なものが散らばる部屋で、異質な取り合わせのわたしたちが顔を突き合わせていた。
 何だかおかしな状況だけれど、不思議なことにこれが現実。

「まずね、ここ1週間くらい、円花の様子が前とちがうって感じてたんだよね」

 綾音が口火を切る。

「髪型とか癖とかそういう些細なこともそうだけど、なんて言うのかな。確信はないけど、違和感がずっとあって。別人みたいだな、って率直に思ったの」

 別人、という言葉になぜかどきりとした。
 知ってか知らずか、綾音は少し慌てる。

「そんな言い方すると大げさかもしれないけど。だって表面上は円花なんだし、言うこととか行動がありえないほど変わったってほどじゃないし。ほかのみんなは全然気づいてないみたいだし」

「それで?」

 どうしてか言い訳じみて早口になった彼女に、兄が続きを促した。

「一番の違和感は、あれ。ストーカーの菅原と付き合い出したこと。あんなに怖がってたのに何で、って。普通、おかしいって思うよ」