あまりの気迫に怯んでしまいながらも、慌てて首を横に振る。

「ち、ちがう。本当にちがう! ストーカーとか、そんな!」

「だったら“あれ”はどう説明するんだよ!」

 兄が叩きつけるように指し示した先には、開かれた状態で床に横たわる卒業アルバムがあった。
 黒く塗り潰されたわたしの名前と写真。悪意の証。

「同級生だったんだろ? ずっと何かを根に持ってつけ狙ってたなら、動機は十分じゃないか」

 言葉を失った。
 その真意は若槻しか知らない。けれど、兄の言葉を裏づけるだけの根拠があるのも事実で。

「それに、これは」

 おもむろに立ち上がった兄は、クローゼットからダンボールをひとつ引きずり出した。
 蓋を閉じていたガムテープは乱暴に引き裂かれている。それを蹴って倒すと、がらがらと中身が流れ出てきた。

 手錠、鞘におさまったナイフ、工具の数々やノコギリ、ブルーシート……嫌な予感を抱かずにはいられない、不穏な代物ばかりだ。

 またしても絶句する。
 見るだけでぞっとして、座っているのに足がすくんだ。

「なあ、どういうことなんだ」

 ゆらりと兄が動き、わたしの前に再び屈んだ。

「これで円花を殺すつもりだったんじゃないのか!?」

 突きつけられた刃は先ほどよりも近い。
 目のふちが熱いのに冷たくて、涙が滲んでいることに気づいた。

 もう無理だ、と思った。兄も若槻もとうに本気だ。
 若槻(わたし)をストーカーだと疑って止まない兄の言葉は、きっと脅しなんかじゃない。

 本当のことを話せないのが歯がゆくても、やり過ごせるならそれが最善だと思っていた。でも、もう無理だ。
 わたしだと気づかれないまま、お兄ちゃんに殺されたのではたまらない。

「ちがうの、わたしは────」

 言いかけた瞬間、インターホンが鳴った。
 訝しむように兄が立ち上がり、包丁が遠ざかる。止めていた息を深く吐き出した。

「……何で」

 モニターを確認した兄が困惑気味に呟く。

 ────その数分後、わたしたちは信じられない状況に置かれることになった。



     ◇



 訪れたのは、綾音。インターホンを鳴らしたのは彼女だった。
 戸惑う兄をモニター越しに「いいから開けて!」と押し切って、青ざめた顔で息を切らせながら部屋に現れた。

「よかった……」

 靴を脱ぎ捨ててわたしの前に転がり込むと、無事を確かめてほっとしたようだった。
 散らかった中からはさみを見つけ出すと、すぐにガムテープを断ち切ってくれる。

 呆気にとられてされるがままのわたしは、信じられない気持ちで綾音を見つめた。
 兄もまた突っ立ったまま動けないようだ。

「どうして……」

 思わず呟いた声が自分のものではなくて、そういえばいまの自分は若槻だったことを遅れて思い出す。
 綾音はどこからか若槻の危機を悟って、彼を助けにきた? どうして助けに?

 様々な“どうして”が頭の中を駆け巡るけれど、何から尋ねればいいのか分からなくて言葉にならない。