そのとき、背後でドアノブの回る音がした。
 キィ、と軋んでドアが開き、菅原くんが姿を現す。

 示し合わせたわけではないけれど、もう彼がいつわたしの前に現れても驚かないことにした。

「……裏切り者」

 露骨に悪態をつき、手すりに背を預ける。
 菅原くんは「え?」と戸惑うように目を瞬かせた。

「“守る”とか言ったくせに、昨日真っ先に逃げたでしょ」

「ああ……それはすみません」

 そばで足を止め、しおらしく謝る。

「でも、あの場に俺が現れたら、若槻先輩に繋がりがバレかねなかったから」

「まあ、それもそうかもしれないけど。……でもこれで同じ手は使えなくなったよね」

 わたしの思惑を知った彼を歩道橋にもう一度呼び出しても、警戒して応じてくれないだろう。

 まさか、兄に邪魔されるなんて。
 過干渉でうっとうしい面倒な存在だと感じることはあっても、脅威になるとは思わなかった。

「じゃあ今度は俺が呼び出しますよ」

「えっ?」

「いま付き合ってることになってるし、こっちの繋がりもバレてないし、俺だったら若槻先輩も来てくれるんじゃないですかね」

 確かに、と納得した。それなら逆に応じない理由がない。
 昨晩、菅原くんが姿を現さなかったのはかえってよかったと言えた。

 元に戻れるかもしれない。
 その可能性の実現へ近づくと、いつの間にかまたそちらを優先してしまっていた。

 だけど、それで構わない。
 元に戻ってさえしまえば、いま頭を悩ませてきている若槻の脅威からはほとんど脱せるのだから。

「……でも、いいの? もしうまくいかなかったら、菅原くんが────」

「いいんですよ。そうなったらそうなったで、堂々と茅野先輩側につきますから」

 心強い上に優しい言葉に少し力が抜けた。
 彼がいてくれてよかった、と何度目か分からない実感を経て頬を綻ばせる。

「ありがとう」

「……じゃあ、今夜。バイト終わりにまた歩道橋で」