乱暴に彼の手から解放され、力なくその場にへたり込む。
じわ、と視界が滲んだ。
彼が怖いのか、自分が不甲斐ないのか、いずれにしても感情に押し負ける。
「このまま、きみの身体で自殺しようか。それとも、僕を殺そうか」
興がるような笑みをたたえつつ、背を向けて滔々と語り出す。
「どっちにしても僕は目的を果たせる。……もともと自分の身体にも人生にも執着なんてないし、茅野円花としてこの先生きることになったって構わないんだ」
ぎゅう、とたまらず地面ごと拳を握りしめたとき、手に乾いた何かが触れた。
折れた木の小枝。瞬間的に“わたし”の後ろ姿と見比べる。
「せっかくだから、きみに選ばせてあげようか?」
そう言った振り向きざま、若槻が身を折った。
余裕の笑みが消え、その顔を苦痛に歪めながら腿のあたりを押さえている。
「痛……っ!」
驚いたように確かめても、当然ながらそこに傷はない。
逆にわたしの、若槻自身の脚には枝が突き刺さって鮮血が滲み出し、灰色のスラックスに濃い染みを作っていた。
「……思い通りになんてさせない」
突き立てた枝を抜き、その場に放り捨てる。
少しおぼつかないながらも、立ち上がって“わたし”を見下ろした。
「確かにわたしは覚えてない。過去にあんたと何があったのか」
「…………」
「でも、だからこそ大人しくやられるわけにはいかない。そもそも、あんたの記憶が正しいって言いきれるの?」
「は……。何をいまさら」
一笑に付したにしては言葉尻が弱く、やや面食らったようだった。
彼も彼で、そんなふうにはこれまで考えもしなかったのだろう。
「とにかく、わたしは簡単に殺されたりしないから。そのときはあんたも道連れにしてやる」
「……生意気言っちゃって」
若槻がせせら笑う。
「分かってるの? お互いさまだよ」
「望むところ」
「じゃあ、せいぜい足掻いてみれば? 元に戻れる保証はないけど」
◇
昼休みになると、相変わらず離れようとしない乃愛を振り切って、逃げるように屋上へ出た。
(何とかなった……のかな、これは)
痛い思いも苦しい思いもしたけれど、何となくタイムリミットのことはうやむやになった気がする。
だけど、それはいいことでも悪いことでもあった。
今後はもう、わたしの命は保証されていない。
“わたし”もわたしも、いつ若槻に手をかけられてもおかしくなかった。
ただ、入れ替わっている以上はどうしたってお互いの命運を握り合うことになる。
“お互いさま”というのはそういう意味で、迂闊に手を出せば自身も無事ではいられない、という牽制だ。
「早く戻らなきゃ……」
いや、不本意だけれどそれについては彼の言う通りなんだ。
昔のことを思い出して、過去を清算することで身の安全を確保する方が先決かもしれない。