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 足がすくんで動けなくなった。
 綾音の声が、言葉が、濁流のように思考を飲み込んでいく。

 連れ立ってどこかへ向かうふたりを見かけて、気になったからといってあとを追ったのが間違いだったのかもしれない。こんなことを聞かされるくらいなら。
 だけど、ただならぬ気配を感じて無視できなかったのだ。

(どうしてこんなことになってるの……)

 分かりやすく嫌味な捨て台詞を残し、歩いていく綾音から身を隠す。
 そのまま若槻からも校舎の陰に隠れてやり過ごそうとしたのに、不運なことに気づかれた。

「……聞いてたんだ。その顔からして」

「…………」

 血の気を失って顔面蒼白にちがいない。
 動揺を隠せないわたしにはあれこれ考える余裕もなく、若槻に腕を引かれるがままに踏み出した。

 ────立ち止まったのは校舎裏の小庭になっている部分で、先ほど以上に人気(ひとけ)がない。

「……綾音とは、入学してすぐの頃からの友だちだったの」

 気がついたらそんな言葉が口をついていた。

 みんなが褒めてくれると、何かと水を差すような言動をする彼女を、近頃は確かに疎ましく思っていたかもしれない。

 だけど、頭を鈍器で殴られたような衝撃が落ちてきてから尾を引いたまま、一向に立ち直れなくて自覚する。
 わたしの中で綾音は、確かに“友だち”だった。
 言われた内容そのものよりも、綾音に言われたことがショックだった。

「でも、そう思ってたのはわたしだけだったんだ」

 彼女はお兄ちゃんのことが好きで、わたしはそのためだけに利用されていたのだ。

 ────友だちだと思ったことなんか一度もない。

 ────みんな自分のために一緒にいるのに、気づいてなくて可哀想。

 綾音や乃愛の残酷な言葉が、いまになって深々と胸に突き刺さる。

(何だったんだろう、わたしって)

 何事も“完璧”な人気者。そんな現実はまやかしで、理想は幻想でしかなかったのだろうか。

「……傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な女王さまの冠は脱げても、嫌われ者なのは相変わらずだったね」

 若槻が皮肉じみたことを言う。“わたし”の顔が歪んで見えた。

「ざまあみろ、って言いたいところだけど」

「……慰めとか、いらない」

「するわけないでしょ。そうじゃなくて、おかしいと思わない? 小谷さんの本性がああだったとしても、急にあんな態度」