こぼされたひとことに、いまさらながらはたと気がつく。
そういえば彼女は昨晩、あくまで茅野の名前を呼んではいなかった。
“逃げも隠れもしない”と誘い出せば、相手が自分から接触してくると踏んで罠を仕掛けていたのだろうか。
僕は墓穴を掘って、自ら名乗りを上げたことになる?
(……いや、そんなことないか。“やっぱり”ってことは)
大なり小なり見当はついていて、それが確信に変わったというところだろう。
「さすがに気持ち悪いよ。そこまでして嫌われたくないの? ていうか、好かれていたい?」
蔑むような眼差しと言葉を向けられるが、僕としても同感だ。
あるいは暴走した承認欲求なのだとしても、必死にもほどがある。
どれほど他人の目を恐れているのだろう。
「……友だちじゃなかったの?」
口をついて出たのは僕の本音だった。
小谷さんは心底おかしそうに声を上げて笑う。
「昨日聞いてたでしょ? あれがあたしの本心だよ。友だちだと思ったことなんか一度もない」
「……!」
「あんたが涼介さんの妹じゃなかったら、きっと話もしなかっただろうね」
開き直った態度はいっそ清々しいほどだ。
けれど、その明瞭さとは裏腹に、彼女という人物像が霞んで逃げていく。
「だからって、何で急に……? このこと、兄に告げ口してもいいんだよ」
「無駄だよ」
半ば感情的に返した言葉は、ただの負け惜しみに近かった。
その豹変ぶりが不気味で、主導権を握られているのが不本意で、戸惑うばかりだ。
小谷さんがせせら笑う。
「あたしも、あんたと同じ。涼介さんの前では完璧に振る舞ってきた。昨日のこともあって完全にあたしのこと信じてるから」
今度こそ言葉を失った。
いや、わざわざむきになって反論する必要なんて、最初からなかったかもしれないが。
「そういうことで、くだらない友だちごっこはもう終わりね。ストーカーくんとお幸せに」