『あたしも涼介さんに近づくために仲良くしてるだけだし。あ、そうそう、今夜も株上げといたんだ。ストーカーくん様様(さまさま)だなぁ』

『うわ、こわーい!』

 なぜか息が詰まって、心臓が沈んだように重たくなった。
 深く息を吐き出し、止まりかけた呼吸を再開する。

 身体に残っていた茅野自身の感情の機微(きび)や心の痛みが自ずと反応したせいか、僕が擬似的に傷つけられたせいかは分からなかった。

 ただ、小谷さんが涼介さんを動かしたのは、茅野の身を案じたわけじゃない。
 自分のため。自分の想いのために利用しただけ。それは分かった。

『あ、ちょっとお手洗い行ってくるねー』

 小谷さんが席を立った気配があった。
 さすがにまずいか、とイヤホンを外そうとした瞬間、がさがさと走ったノイズに耳の内側をかき回される。

『……ねぇ、聞いてるんでしょ』

 はっとした。誰に話しかけているのかと戸惑う。

 ひとりで部屋を出たはずで、誰かに電話をかけたような素振りも受けたような感じもなかった。
 ────だとしたら、可能性はひとつしかない。

(僕、か……?)

 図らずも動揺してしまいながら、視線を宙に彷徨(さまよ)わせる。
 それすら見透かしたように彼女は笑った。

『幻滅した? それともムカついてるかな?』

 いつから気づいていたのだろう。盗聴器の存在と、盗聴されているという事実に。
 その態度を見る限り、気づいた上で茅野を泳がせていたとしか思えない。
 彼女を探るつもりが、腹の底がますます読めなくなった。

『どっちでもいいけど、言いたいことあるなら直接言いにきてよ。あたし、逃げも隠れもしないから』

 そう言われた直後、バキッと硬いものが砕けるような音がした。それきり、うんともすんとも言わなくなる。
 踏み潰したか握り潰したか、いずれにしても破壊したんだろう。

(行くしかないか……?)

 彼女なりに宣戦布告をしてみせた以上、もうのらりくらりと躱す気はないはずだ。
 小谷さんとの関係性は、僕自身の目的からするとどうでもいいかもしれないが、茅野である僕が無視するわけにはいかなかった。

 果たしてこの胸騒ぎは茅野のものだろうか。
 それとも、僕のものだろうか。



     ◆



 翌日、昇降口に入る前に小谷さんの姿を見つけた。
 つい緊張が高まるのを自覚しながら「ちょっと来て」と連れ出す。

 人の少ない渡り廊下側へ回ると、足を止めて対峙した。

「やっぱりね。盗聴してたのは円花だったんだ」