ともかく、今回は毒が薬になったような感じだ。
 毒というのは小谷さんと涼介さんのことだが、ふたりは茅野と近しく、なかなかに邪魔な存在だった。
 そのうち茅野に復讐を果たすとしても、迂闊(うかつ)に手出しすることを阻む厄介な要因になり得るのだ。

(それにしても、しつこいな……)

 さすがは茅野の親友といったところか、と小谷さんに思いを()せる。
 付き合ってる、と言っておいたのにまだ菅原を警戒しているとは。

(……この分だと、入れ替わってることがバレててもおかしくないかも)

 ざわ、と胸騒ぎのような危機感を覚える。
 まだ心配そうな涼介さんを適当にあしらい、帰宅早々に自室へ込もった。

「確か、ここに……」

 机の引き出しから小さな機械を取り出す。いかにも盗聴器らしい無骨(ぶこつ)な黒いそれに、イヤホンを挿して耳につけた。

 最初にこれを見つけたときには引いてしまったくらいなのに、まさか僕が使うときが来るとは。
 良心や倫理観がせめぎ合っても、背に腹はかえられなかった。
 単純そうに見えて飄々(ひょうひょう)としている小谷さんの真意を探るべく、耳からの情報に集中する。

 ノイズ混じりの騒音が聞こえてきた。重低音や音楽、話し声に笑い声が響いている。

(カラオケ?)

 友人たちと盛り上がっている場面が想像できた。
 声を聞く限り、厄介な後輩である乙川(おとかわ)乃愛も同席しているらしい。

『円花先輩のこと誘わなくてよかったんですかー?』

 彼女が言う。実際には大して気にもとめていないように。

『いいのいいの、白けるし。あの子に合わせるのだって楽じゃないんだから』

『ちょっと持ち上げたらいい気になっちゃって。褒めても、当たり前でしょ、みたいに思ってるの透けてるし、絶対うちらのこと見下してるよね』

『こっちだってばかじゃないし、ステータスのために友だちのふりしてるだけなのにね』

 無意識のうちに強張ったような表情をしていて、我に返ると力を抜いた。
 これは自分に向けられたものではなく、あくまで茅野に対する悪口だ。

 とうに化けの皮は剥がれているらしい。
 同情しつつも、ざまあみろ、と思ってしまう。

『綾音もそう思うでしょ?』

 思わずイヤホンに手を添えた。
 彼女の本音が聞けるかも、とまた無意識のうちに前のめりになる。

『……まあね』

 ひときわ冷たい声が響く。