兄の過保護も優しさも、妹であるわたしに対してのものなのだ。
 いまのわたしは彼の妹じゃなくて、赤の他人。
 それどころか、大事な妹に危害を加えようとした不審人物でしかない。

(どうしよう。助けて、菅原くん────)

 縋るような思いで振り返った。
 だけど、そこには誰の姿もなかった。

(菅原くん……?)

 思わず身を乗り出して見下ろすものの、先ほどわたしたちがいたところにも彼はいない。

 陰にいるのなら見えないだけだろうけれど、この状況を傍観(ぼうかん)して隠れているとは考えづらかった。
 “守る”と言ってくれたのだから。

「円花をつけ狙ってるなら、これを機に諦めることだ。今日はこれで済ませてやるけど、また近づいたらそのときは容赦しないから」

「……はい」

 どう考えても()が悪く、大人しく引き下がるほかない。
 鋭い兄の言葉に気圧され、答えた声は細くなった。

 だけど、顔を上げられなくなったのは、兄よりもその背後にいる若槻を恐れたせいだった。

(……絶対、ヤバい)

 未然に防がれたとはいえ、ここまできたらわたしのしようとしていたことに察しがついたはず。
 彼の怒りを買っていることは容易に想像できた。

 (きびす)を返したふたりを窺うと、去り際に“わたし”から射るような眼差しを寄越される。
 絶望的な気持ちで、逃げるように顔を背けた。



     ◆



 彼女の思惑を悟り、腹が立っていた。
 僕との約束も過去も投げ出して、我が身かわいさに姑息(こそく)な手段に出たことに怒りを覚える。

 今回は涼介さんのお陰で助かった。
 僕だって元に戻りたくないわけではないが、こんな中途半端な状態で無に帰すのは不本意でしかない。

「……何で居場所が分かった、の?」

 彼のあとを歩きながら尋ねた。とても偶然とは思えなくて。

「ああ、綾音ちゃんから聞いたんだ。円花が変な男につきまとわれてる、って」

 小谷さんの言う“変な男”とは、恐らくストーカーの菅原を指しているのだろう。
 ただ、先ほどの状況では“僕”の方がそうだと、涼介さんには誤解されたかもしれない。