【ぜんぶ思い出したから謝りたい】

【歩道橋で待ってる】

 バイト終わり、立て続けに2件のメッセージを若槻に送信しておいた。

 菅原くんとともに夜道を歩き、例の歩道橋近くで立ち止まる。
 上からは死角になる物陰に潜み、若槻が来るのを待つことにした。
 車通りはあるけれど、人通りはそれほどない。

 そのときはほどなくして訪れた。

「……あ、来ましたよ」

 建物の陰から顔を覗かせていた菅原くんが言う。
 はっとしてわたしも歩道橋の方を見上げた。スマホを片手にちょうど階段を上っていく“わたし”の姿を認める。

【着いたけど、どこにいるの?】

 そんなメッセージを受け取るとともに若槻があたりを見回したのが分かって、さっと身体を引っ込めた。

「じゃあ、やるよ……?」

「はい。ちょっと待ってから俺も追いますね」

 こく、と頷くと深呼吸をして鼓動を落ち着ける。
 恐らく機会は一度きり。失敗したらおしまいだ。だけど、やるならいましかない。
 どうにか緊張をおさえ込み、わたしは心を決める。

 地面を蹴って飛び出すと、急いで階段を駆け上がっていく。
 あの日、得体の知れない誰かに追われていた恐怖が自然と蘇り、わざわざ“ふり”なんてするまでもなく必死になった。

「……茅野?」

「若槻……っ」

 訝しむような戸惑うような表情でこちらを向いた彼に駆け寄り、目いっぱい手を伸ばす。
 突き飛ばすほどの勢いで迫った。
 てのひらが“わたし”の身体を捉える────。

「……?」

 あれ、と困惑した。
 動かない。わたしも若槻も。
 あのときのように一緒に転がり落ちるはずだったのに、いつまで経ってもその気配はない。

「え……!?」

 顔を上げて心底驚いた。
 そこにいたのは“わたし”ではなく、お兄ちゃんだった。

「おに────」

「おまえ……。いま、円花に何しようとしたんだよ」

 若槻に触れる寸前に割って入ったようで、手すりを握ったまま庇うように立ちはだかっている。
 どこに潜んでいたんだろう。まったく気づかなかった。

「突き落とそうとしたのか?」

「ち、ちが……っ。いま追われてて!」

 非難や怒りのような感情を宿した双眸(そうぼう)に怯んで慌てた。
 これほど厳しい表情を向けられたのは初めてで、動揺に体温を奪われていく。