────わたしはことさら丁寧に説明した。

 入れ替わったのは歩道橋の階段から転落したのがきっかけだったこと。
 過去に何かあったらしいけれど、一向に思い出せないこと。
 それでも無情にも期日が迫っていること。

 若槻の本性やわたしの置かれた状況を洗いざらい伝え終えると、菅原くんは「なるほど」とひとこと呟いた。

「幼なじみ、だったんですね」

「そうなの。喋ったことあったかな? ってくらいの関係だけど、これも忘れてるだけなのかな」

「本当に何も覚えてないんですか。当時のこと」

「……覚えてない」

 そのときの出来事も若槻との接点も思い出せない。
 当時の記憶は断片的にしか残っていない上、濃い(もや)がかかっていて、漠然とした認識しか手繰(たぐ)れなかった。

「……まあ、やられた側は覚えてるけどやった側は覚えてない、ってよく聞く話ですもんね」

 表情も声色も変わらないけれど、どことなく棘のある言い方のように感じられる。
 彼自身の感想なのか一般論を持ち出しただけなのか分からないけれど、つい俯いてしまう。

「でも、ここまで来て手がかりなしって、だいぶまずいんじゃないですか?」

「分かってるけど、本当に思い出せないんだもん。ねぇ、菅原くん……どうしたらいい?」

 誰かに言われてようやく息をし始めた危機感が背中に張りつく。
 込み上げる焦りから、縋るように尋ねた。

 とれる選択肢は限られていると分かっているけれど、何か抜け道のような妙案が出てこないか無意識のうちに期待していた。

「じゃあ────元に戻るしかないですね」

 それができたら苦労しない。
 そう思ったけれど、彼は投げやりになったわけじゃなかったみたいだ。あくまで冷静に言を紡ぐ。

「そしたら先輩が若槻先輩に、身体を盾に脅されるいわれもなくなるでしょ」

「それはそうだけど……無理だよ。だって、方法がまったく分からないんだよ?」

 真っ当な反論のはずだけれど、彼は姿勢を変えなかった。

「こういうときの相場はだいたい決まってます。“同じこと”をするんですよ」

「えっ?」

「つまり、もう一度あの歩道橋から、若槻先輩と一緒に転落するってことです」

 (しばたた)かせた瞳が揺れるのを自覚する。開きかけた唇の隙間から、弱々しい息がこぼれた。

「そしたら、本当に戻れる……?」

「いや、確信はないけどそういうものかなって。やってみる価値はあるんじゃないですか?」