「なに……?」

 怪訝な調子で怖々尋ねると、おもしろがるような笑みを浮かべたまま“わたし”が手を掲げる。

 向けられた左のてのひらには絆創膏が貼られていた。ガーゼ部分に血が染み出ているのが分かる。

「あんたが何かしたってこと……?」

「そうだよ。どうやら痛覚は肉体によらず、本人の方に依存するみたいだね」

「……そんな」

 入れ替わった当初から怪我をしていたというのに、気づかなかった。
 はじめはお互いに落下時の傷が全身にあったから、あちこちが痛むのは当たり前だと思って、わざわざ傷のひとつひとつを確かめることもなくて。

 愕然とするわたしに対し、若槻は嬉しそうに、あるいは楽しそうに声を上げて笑った。

「僕って、本当ついてるなぁ」

「……!」

「これなら、ますますこの身体を好きにできる。どんなに切りつけても、包丁で刺しても痛くないし、苦しくないんだもんね」

 最悪だ、と思った。
 若槻自身が痛みを感じないなら、その言葉通り、残虐な行為にますます歯止めが効かなくなる。

「そうだ。タイムリミットまで、一日経つごとにひとつずつ、腕に切り傷を刻んでいこうか?」

 ぞくっと背筋が冷える。肌が粟立った。
 それなら、もうわたしの腕には4本の傷が浮かんでいることになる。
 あとひとつ増えたそのときには、きっとそんな切り傷程度じゃ済ませてくれない。

「……お互いさまだからね」

 怯みそうになるのをこらえ、強気な態度を装って言う。
 わたしたちは一蓮托生(いちれんたくしょう)だ。

「下手なことしたら、わたしがあんたを殺す」

「できるの? きみみたいな卑怯な小心者に」

 あくまで余裕を崩さない“わたし”は腕を組み、煽るような口調で言を返してくる。

「あ、あんたに卑怯とか言われたくない。わたしに復讐するためか知らないけど、こそこそつけ回したり、匿名でDM送りつけたりしといて」

「……何それ。知らないよ、僕」

 口をついた反論に、彼はやや困惑した様子だった。
 どうせ若槻が犯人だろう、と高を括っていただけに、開き直られるよりよっぽどもの恐ろしさを強く覚える。

 菅原くんでも、若槻でもない?

「じゃあ、誰が────」

「菅原じゃないの? ストーカーだって言うから、真っ先に彼を疑ってるものだと思ってたけど」

「あ、ああ、うん。そう……。やっぱりそうだよね」

 繋がりを悟らせまいと咄嗟に納得したふりをすると、思考のリソースがそちらに()かれて感情の部分が大人しくなった。
 何となく気勢をそがれて、というか下手なことを口走るのが怖くて口を噤む。