はっと顔を上げると、心配そうにこちらを見つめる彼と目が合った。
整った顔立ちに柔らかそうな髪、優しい声色────つい呼吸も忘れて見入ってしまう。
「あ……」
「ちょっと、いつまでそうしてるんですか!」
ぐい、と強引に引き剥がしたのは、彼と一緒にいたらしい小柄な女の子だった。
敬語を使っているところを見ると後輩なのかもしれない。
背中から温もりが消え、浮いていたつま先を床に下ろす。
彼女はこれ見よがしに、彼に腕を絡ませた。
「早く行きましょ、先輩」
「ああ、うん……。本当にごめんね、茅野さん。怪我がなくてよかった」
何か言葉を返す間もなく、苦い笑みを浮かべた彼は半ば強引に連れていかれるような形で行ってしまった。
(わたしのこと、知って……?)
驚いてつい目で追いかけると、綾音が「うわー!」と興奮気味に声を上げる。
「さっきの見た? 何か1枚の絵みたいだったよね」
「やっぱ超美形……。いいなぁ、円花!」
頬を紅潮させてはしゃぐ彼女たちにはやし立てられるものの、わたしは正直に首を傾げてしまう。
「いまの人、知ってるの?」
今度は彼女たちがきょとんとする番だった。
「うそでしょ、逆に知らないの? 隣のクラスの若槻優翔くんだよ」
「誰……?」
「ひとことで言えば、男子バージョンの円花みたいな。顔も性格も抜群によくて勉強も運動も完璧……。憧れない女子はいないよね」
いままで気にかけたこともなくて、すべての情報が初耳だった。そんな人がいたなんて。
けれど、どうしてか何となくその名前の響きには覚えがあるような気もした。
「でも、隣に並べるのなんて円花くらいしかいなくない?」
「えっ?」
「若槻くん、円花のこと知ってるみたいだしチャンスだよ」
だけど、彼は後輩の女の子と一緒だった。関係性は知らないけれど、もし恋人同士だとしたらこんな話は気が引けてしまう。
「……でも、何でわたしのこと知ってるのかな」
「そんなの当たり前じゃん。円花って人気者だもん」
そういうことなのだろうか。
本当にそうだとしたら、わたしの作り上げてきた“完璧”は伊達じゃなかったと自負できる。
もう一度振り返り、彼の後ろ姿を眺めた。すき下ろすように髪に触れる。
(確かに……)
彼女たちの言うことには一理ある。
完璧なわたしの隣には、完璧な彼がふさわしい。