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 夕食を終えるなり、僕はすぐに自室へ引き上げた。

 きらきら、ふわふわした雑貨や小物にあふれた淡い色合いの空間は“落ち着かない”とばかり思っていたが、茅野家での安全地帯がここ以外にないせいか、だんだん気を抜ける場所になりつつあった。

 それでも最初のうちは、憎き彼女の部屋ということで、息をするだけでも嫌悪感に(さいな)まれたものだ。

 暖色系の柔らかい明かりのもと、ベッドに腰を下ろして手近なクッションを抱く。
 リボンのついたそれを抱きしめている僕って……と、我ながら微妙な気持ちにはなった。

「……しんどい」

 ため息とともに呟く。
 茅野として過ごすのには、想像を遥かに上回る気力と労力を要した。

 家では両親と過保護な兄の相手をし、学校では“完璧”を演じ続けなければならない。
 彼女の友人たちには絶えず審査されているようで、ひどく居心地が悪い。

 何ひとつとして手を抜けない上、入れ替わりがバレないように、というプレッシャーに常に神経を削られていた。

 ただ、その反面、家族の温もりというものを実感してもいた。
 帰ってきて「おかえり」と出迎えられることも、揃って食卓を囲むことも、いったい何年ぶりだろう。

(まあ、そのせいで行動が制限されるっていうのも事実だけど。お陰で家中を探索するわけにもいかないし)

 不自然な点が出てこないように、なるべく彼女のことを知っておきたかった。不本意ながら。

 たとえばあとをつけ回したりしても、内情を知るのには限界がある。
 家の中での彼女のことは、さすがに知りえなくて当然だろう。

 今日の復習や明日の予習はあとに回すとして、とクッションを置いて立ち上がる。
 手始めにクローゼットを開けてみた。最初にも軽く確認したけれど、まじまじと向き合うのは初めてだ。

 ハンガーパイプから垂れる服、チェスト、スーツケースなど、置かれているものは限られていてすっきりとしている。

 探してみたけれど、僕とちがって卒業アルバムなんかは見つからなかった。それだけでなく小、中学校に関するものは何もない。

(ここに置いてないだけか……?)

 ほかに何かないか、念のためチェストをずらしたとき、不可解なものが姿を現した。
 埃を被ったビニール袋。中身は白っぽい何か。

「ん?」

 訝しく思いながら拾い上げると、どうやら中身の正体は靴下のようだった。
 通っていた中学校の指定のものだ。校章の刺繍が入っている。

(何でこんなもの────)

 何気なく裏向けたとき、ぎょっとした。
 折られていて見えなかったつま先あたりの部分が、茶色っぽい何かで染まっている。

「血……?」

 錆びたように変色しているが、その独特の染みは血液のように思えた。
 ぞっとする。皮膚の上を砂のようにざらついた感覚が這っていった。